1600円のグローブは、おそらく中級品だろう。それでも私は非常に贅沢な買い物をしたように思った。ちょっと晴れがましいような気持ちになった。
店から外へ出て、戦後になって初めて自分のグローブを買ったことに気づいた。(中略)自分の稼いだ金で自分のグローブを買うという経験は、実は、案外に稀なことなのかもしれない。
(中略)私は何度か自分のグローブを買おうとした覚えがある。ずっとながいあいだ、その1600円が自由にならなかった。女房と子供と3人で銀座で食事をして映画でも見て、その代金総計が1000円という時代があった。一夜の飲み代が1600円ということもあった。だから、まるっきり1600円という金が浮かなかったというと嘘になるが、残念ながら、どうしてもグローブが買えなかった。
ひとつのことでいうと、あきらかに、それは私の吝嗇である。もうひとつのことでいうと、やっぱり、私はずっと長い間、自分の趣味のための散財を押さえていたことになる。
だから、生まれて初めて自分のグローブを手にしたとき、非常に贅沢をしたように思ったのである。また、買い物における晴れがましさというのも、これだろう。決してそれは金額の多寡の問題ではない。
イイナ、と思う。私は40歳になった。従って、自分のグローブを使用する機会は、あと数えるほどしか残っていない。
40歳にしてグローブを買う。それが、もうひとつの奇妙である。そうしてまた、こうも思う。
「俺は、40歳になったから、自分のグローブを買えたのだ」
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内山 直
作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。