FIRE卒業の理由って言い訳がましいものが多くありません?


「たった2年でFIRE卒業をした男性が語る、早期退職で見失った3つのもの」
という興味深い記事をみつけたので、紹介の上、僕の考えを述べたい。
https://www.businessinsider.jp/post-269525
まずは序文から。

FIRE(経済的自立、早期退職)もいいことばかりではない。
少なくとも、37歳で引退したトニー(本人の希望で名字は伏せる)にとっては、いいことばかりではなかった。トニーはソフトウェア開発者として高収入を得ながら支出を切り詰めたため、6桁台半ば(約5000万円前後)の貯蓄に成功し、仕事を辞めることができた。そして遠い親戚が所有する家と土地を月400ドル(約5万4000円)で借りて農場を始めた。
(中略)トニーはFIREを実践してそれほど月日がたたないうちに、考えが「堂々巡り」するようになった。新しいことを学んだりスキルを身につけたりするつもりだったのに、重い気分になって不安が広がり、何一つ実現できなかったそうだ。
「運よくいい職場にいい時期に就職して必死に働いたおかげで、かなりの資産をためることができた。それなのに『自分には何でもある、自由な時間もいくらでもある、この美しい山間部の農場で暮らしている、なのにどうしてこんなにみじめな気分なのだろう』と考えてしまった。人生のどん底だった」とトニーは語る。
FIREを実践してから2年も過ぎないうちに、トニーはテクノロジー企業でパートタイムの仕事に復帰した。決断は簡単だったそうだ。なぜなら、FIRE後の生活には3つの要素が欠けていたからだ。

ううむ、FIRE2年で経験したものが「人生のどん底」だったというのだから、ことは深刻だ。
早速、トニーのいう「FIRE生活に欠けていた3つの要素」を紹介していきたい。

トニーが最も苦しんだのは、人とのつながりの欠如だった。
「引退したあと、私はいわば自分自身のライフスタイルを築こうとしたが、そこには仕事以外で習慣的に他人と接触する機会がほとんどなかった」とトニーは語り、こう続けた。「これは大問題だった。もし今からやり直せるとしたら、日常的に――毎日――ではなくても、少なくとも毎週の予定に――人との接触を組み込むと思う」

トニーはFIRE後、人とのつながりがないことに苦しんだとのこと。いきなり山間部に引っ越したら、今までの友人とは当然疎遠になるだろうが、そんな当たり前のことが予測できなかったのだろうか、とまず首をひねる。
また、僕は農場経営に詳しくないが、自分一人で完結できる業務だとは思えない。そこには新たなる人とのつながりが生まれたはずである。
他人との接触がほとんどなかったというのも不思議な話だ。

自分にはこの「9時から5時まで」のパターンが欠けていることに気づいた。これはつまり、FIREを実践しても、かつての仕事で得られていたような充実感が得られない、ということでもある。

「FIRE後はかつての仕事で得られていた充実感は得られない」というのはその通り。日常における充実感は当然、以前とは違う種類のものになる。
基本的に社会への貢献度は下がることになる。しかし反面、自分が本当に挑戦したかったことに、効率を度外視して挑める楽しさがFIRE生活にはある。
トニーは新しい挑戦を楽しめなかったようで、なぜこの程度の柔軟性もない人物がFIREなどという「一般的でない」生き方をしようとしたのか、これも僕には不思議。

「自分が得意なことを仕事にすると、本当に充実感が得られる」と、トニーは言う。「だからこそ、私は、おそらくほかの多くの人も、新しい何かを学んだり、難しいことに挑んだりするのが好きなのだろう。すると、何度も何度も失敗をすることになる。だが、(ひとりで)失敗をずっと続けていると、そのうちうんざりしてくるのだ」
トニーはさらに続けた。「そう考えると、自分が得意なことだけを仕事とするというのは、いろんな点でそれ自体がすでに報酬なのだと思える。それに、尊敬できる人々といっしょに難題に取り組むことは、病みつきになる。うまく言えないが、潤いのようなものが得られるのだ」

どうやらこれが3つめの理由らしい。
本人が「うまく言えない」と言っているくらいなので責めるのも酷だが、確かに何がいいたいのかよくわからない。
労働者としての日々が病みつきになるくらい素敵だったのなら、なぜ辞めようと思ったのだろう?

僕はトニーがFIRE生活にうんざりした理由を、正直なものとは受け取っていない。そもそも人間が述べる「理由」はほとんどの場合、自身を正当化するための「作話」、すなわち「後づけの理屈」であることが脳科学分野では常識になりつつある。
そのくらいトニーが挙げる理由は「意味不明」である。

彼がFIRE生活に失望した本当の理由は知る由もないが、僕が注目したのは彼の年齢。
というのも37歳という年齢はFIREを選択するには早すぎるように思えるのだ。多くのものを捨てる決断をするのは中年期以降、いわゆる「中年の危機」を乗り越えてからにすべきというのがかねてからの僕の持論だ。
以下は自著「幸せの確率―あなたにもできる!アーリーリタイアのすすめ」から引用。

ユング(ブログ注;スイスの心理学者)は自分に相談に来る人々のうち、かなりの人が十分な地位的地位や財産に恵まれ、自我も確立した、一見した限りでは何の問題もなさそうな成功者であることに気づきました。そして、そういう人たちこそ「本当に自分が望む人生を歩んでいるのだろうか」という悩みを抱くのだと考えたのです。そのような状態をユングは「中年の危機」と呼びました。それは自我実現によって得られる精神的安定の限界であり、そこを起点として人によっては自己実現へ向けてのチャレンジが始まります。自己実現は潜在意識までを含むので、自分にとってもよく意義のわからない要素も多く、達成には困難をともないますし、さらに良識的なコントロールが効かなくなるため、時として社会や周囲との調和も難しくなってしまうのですが、それを成し遂げることによって新しい創造性へと飛躍できるだけでなく、いずれ訪れる自身の死までも含めて、しっかりと心全体で納得し、受け止めることができるというのです。

中年の危機がどの程度強く出るかは個人差が大きいが、その前後では人生の価値観が一変する人も少なくない。僕自身がそれまでの医師生活に疑問をもち、まったく異なった生活を渇望するようになったのも、後で考えれば中年の危機であった可能性が高いように思える。
記事のトニーはFIREし、農園に引っ込んだのちに中年の危機に見舞われ、孤独感を強めたのではないか、という気が僕はしている。そのくらい彼が述べた3つの理由は一見もっともらしく、しかしよく読むと説得力に欠けていて、典型的な作話のパターンに思えてならない。
労働の柔軟性が欧米より乏しい日本では、FIRE生活の失敗は人生に大きな禍根を残すことになりかねないから、より注意が必要だ。

というわけで僕からの進言。
たとえ目標の資産額をクリアしても、40歳後半までは「後々取り戻し難いものを投げうる」ような形でのFIREは避け、ある程度の年齢に達するまで辛抱強く仕事や社会的地位を保つことをお勧めする。
まどろっこしい気がするかもしれないが、FIRE生活を心待ちにする日々も悪くないし、第一、その期間にさらに資産が増えれば、来るFIRE生活をより優雅なものにすることができる。

以上、長文におつきあいいただき、感謝。
しかし読者の中には、僕がトニーの挙げた理由を「作話」と半ば断じていることを、我田引水のように感じている人もいると思う。
それについて明日以降書きたい。おもしろい記事になるのでは? と自分がワクワクしているくらいなので(笑)乞うご期待!





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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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