臨済宗の道場での座禅合宿に参加してきた。


本ブログで何度も書いてきたとおり、僕は瞑想に興味があり、普段からできるだけ毎日座禅を組むようにしている。が、しかし、なかなか瞑想は深くならない。深くならないからおもしろくなく、したがって続かない。がんばって1~2カ月続け、その後しばらく中断し、またやる気になって2~3カ月という具合に、修行が断続的になってしまっている。
瞑想については、どうやら毎日短時間取り組むより、1~2週間かけて集中的に行うほうが効果を感じやすいらしく、その旨はあちこちの本に書いてある。となると思い浮かぶのが、瞑想系の合宿への参加だ。
瞑想の合宿といえば、有名なのは伝統仏教方式のヴィパッサナー瞑想で、日本だと千葉と京都に瞑想センターがあり、10日間の沈黙の合宿が随時開催されている。
行ってみたい。ネットで調べた限りでは評判がよく、危険な教団でないのは間違いない。
しかし……面倒くさい。
ただでさえ面倒臭がりの僕にとって、地元新潟を離れ他県まで出向くという時点で気が重いのに加え、もしそれが自分にしっくりこなかった場合を想像すると、10日間という設定はあまりにも長い。場合によってはトラウマティックな経験になりかねない。
もう少し地元から近いところで瞑想を指導してくれるようなところはないだろうか、と「座禅体験」でネット検索したところ、灯台下暗しとはこのことで、市内に座禅の合宿を定期的に行っている道場があることを知った。
母体となっているのは「人間禅」という臨済宗の在家による宗教団体で、北は北海道、南は鹿児島まで全国に計31の道場があるとのこと。かなりの大所帯だで、地元にあるのはそのひとつ。在家による団体だから、いわゆる「寺」はないし、「住み込みの住職」もいない。
ホームページで詳細を調べると、次の合宿は6月7日から4泊5日の日程で行われるとのこと。座禅合宿の正式な名称は「特別摂心会(せっしんえ)」と記されている。
新潟市内とはいっても、僕が住んでいるのは中心部であり、道場があるのは外れの山間。車で40分ほどかかるし、車を降りてから道場までの山道もわかりにくそうだ。
ちょっと遠いなあ。でも、この程度で面倒くさがっていたら、瞑想系の合宿なんてみつかるわけがないよな、と少し考え……。
よし、ひと頑張りしてみよっ!
合宿の案内には、「初めての方は気軽な気持ちで参加してください」とあるので、そう身構えることもなかろう。むしろ思い立ったが吉日とばかり、さっそく担当のTさんにメールで参加を申し込んだところ、その日のうちに返信が。

ご参加申し込み承りました。宜しくお願いいたします。
また、その前にでも日曜座禅会(毎日曜日)や土曜座禅会(第2,4土曜日)にご参加いただければと存じます。道場の様子や坐禅の仕方をご説明したいと思います。その際はご一報いただければ幸いです。


ええっ、前もってわざわざ僻地の道場まで行って、ガイダンスを受けなきゃいけないの? 展開がいきなり面倒くさい。
しかし考えてみれば当然の話で、見も知らぬ相手がいきなり泊まり込みにきたら向こうも怖いだろう。それこそ犯罪者かもしれないわけで。それに事前にいろいろ教えてもらえるのであれば、こちらとしてもありがたい。
こういうときはあれこれ考えずに話を進め、自分の逃げ道を封じるに限ると考えた僕は、早速、Tさんと日程を調整し、5月28日の日曜日午前、道場での座禅会にうかがった。

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会の名称は人間禅新潟禅会。全国組織、人間禅の新潟支部という位置づけのようだ。新潟の禅会のトップ、つまり会長はメールの連絡先として名前があったTさんで、実際にお会いした印象だと年齢は60歳過ぎ位。はっきりそう紹介されたわけではないが、周りの方との会話を聞くぶんには大学にお勤めらしい(後に大学教授であると知る)。
身長170cm台後半で、太っているわけではないが、わりとがっちりした印象。しかし物腰は柔らかく、柔和な印象をうける。とりあえず怖い人じゃなくて、一安心。
まずは玄関横の応接室に通され、「いつもやっている座り方をみせてください」というので、そこにあった座布団を折り畳んで座ってみせる。
僕の場合、いわゆる典型的な座禅のポーズ「結跏趺坐」も組めなくはないが10分くらいで足が痛くなるので、片足のみ反対の腿に載せる「半跏趺坐」で座っている。両手はお腹の前で両手を卵型に組み合わせる法界定印(ほっかいじょういん)。
Tさんからさっそく、いくつか注意点を指摘される。顎が上がり気味なのでしっかり引くこと、法界定印を結ぶ手にはある程度力をいれ、きれいな形を保つこと、全体に体に力が入りすぎていること、さらに両膝は畳、あるいは座布団の縁に沿う位置で座ること……と、もはやダメ出し。
自分では独学でそこそこ出来ているつもりだったのだが、どうやら全然なっていないようだ。残念ではあったが、それよりも学べることがうれしい。実際に来てみてよかった。
その後、案内されるがまま2階の禅堂へ。禅堂は50畳近い広さで、畳の組み方も独特のものとなっており、すでに数人の会員と思しき人たちが座禅を始めている。雰囲気は実に厳かで、雰囲気に気圧される。緊張。
禅堂では実際の座禅会に参加しがてら、入場、退場の作法、座る前の作法に加え、音による合図のルールを教えていただいた。禅堂内では声を出すのは基本的に禁止されているので、私語を慎むのはもちろん、坐禅の開始、終了などはすべて拍子木や鐘の音で指示を受けるとのこと。なんだか、思っていたより本格的だなあ、とさらに緊張が高まる。
その日の座禅会は45分間の座禅を行い、その後、10分間の休憩を挟んで、さらに25分の座禅。家ではせいぜい20分くらいしか座っていなかったので、45分という時間がとても長く感じられた。足がしびれて辛くなり、途中で組み替える。ちなみに足を組み替えたり、耐えられないほど痒いときに体を掻くのは作法としては問題いとのこと。ただし体を動かす前後に1回ずつ合掌するように、と教えてもらう。合掌が「禅定から離れます」、そして「禅定に戻ります」の合図なのだそうだ。
その日の座禅会に参加したのは僕の他、正式な会員6名。前に書いたT会長に加え、70~80歳代とおぼしき男女4名と、僕と同年代の女性1名。合宿にはそのうち5名が参加するとのこと。
たった5、6名? これで全部? 僕が予想していたより会員数、合宿出席者数ともにずっと少なかったが、その小所帯ぶりにむしろほっとする。人見知りの僕としては、新しく関わる人は少ないほどありがたい。

座禅後、Tさんから合宿のスケジュール表を渡してもらった。
初日の6月7日は夕食を済ませてから集合し、午後7時の道号授与式からスタート(道号って何だろう? と思うが、細かいことをいちいち質問できる雰囲気ではない)。ついで結制茶礼(いわゆる開会式)があり、その後は参禅をして10時開枕(かいちん、と読む。就寝の意味)とのこと。翌日からは毎朝5時に起床。45分の静座と45分前後の参禅が1セットで、朝5時半から夜10時までで合わせて4セットが組まれている。
「静座」と「参禅」の違いはというと、普通に座禅を組むのが静座、参禅は座禅を組んで待機しながら、順次、老師に順に呼ばれ、公案、いわゆる禅問答をうけるのだそうだ。
せっかくだから公案について解説しよう。下記サイトから要約。
https://www.yoriso.com/sogi/article/zemmondo/

日本の仏教における禅宗には、曹洞宗と臨済宗があります。
曹洞宗では、ものごとの真実のあり方を見極め、ただ坐る(すわる)姿によって悟りに近づく「只管打坐(しかんだざ)」という坐禅が行われています。
臨済宗の禅や看話禅といい、公案という課題に取り組みながら座禅をします。弟子は座禅をしながら師匠から与えられた公案に取り組み、答えがわかったら自分の見解を述べるという「禅問答」が行われます。
よく知られる「禅問答」のやり取りは、臨済宗の僧侶によって、悟りに近づくために行われる修行のことを指します。
禅宗の僧侶は10年間以上も「公案」と呼ばれる禅の問題に取り組むといわれ、ひとつの公案に合格すると師匠からさらに次の考案をもらうという形で、参究を続けていきます。
禅問答とは、いわゆるテストのように頭で考えて答えればよいというものではありません。
したがって禅問答と向き合うときは、禅の思想に基づきながら、これまでと違う捉え方に挑戦してみましょう。

趙州狗子(『無門関』より)
あるとき、修行僧が趙州和尚に問いかけました。
「犬には仏性があるでしょうか、それともないでしょうか」
趙州和尚は、「無」と答えました。
※仏教には、すべてのものに仏性があるという教えがあります。しかし、趙州和尚はその教えを否定したわけではないようです。その反対に、「無」という一文字で仏教の教えそのものを表したという考え方もできます。

わかった? よくわからないよね。
この不明瞭さが、日常の会話で「禅問答」を「わけのわからないやり取り」の意味で使う所以だ。
ちなみに参禅は会員のみに許されていて、僕のような初心者は参加できないとのこと。そう聞いて、残念な気持ちがまったくなかったとは言わないが、安堵のほうがはるかに大きかった。だって、本当にわけがわからないんだもの!
しかしその後、公案について図書館で本を借りるなどして調べてみると、これが実に興味深いのだ。やがて僕も「自分も公案を授かりたい」と思うようになるのだが、詳しくは後に譲る。

さて、話を合宿のスケジュールに戻そう。参禅ができないとなると、僕のような初心者は会員の方々が参禅をしている間もずっと静かに座禅を組んでいることになる。つまり、途中で短い休憩をはさんだ90分の座禅が、1日に4セットもあることになる。
長いなあ。それってかなりきつくない?
本当に案内書にあった通り「お気軽に参加」していいのだろうか、と不安になる。
またスケジュール表によると、午前と午後に1回ずつ、各1時間半の「作務」があるとのこと。作務は道場内の清掃や庭の草むしりで、奉公ではなく、集中力を養う修行の一環なのだそうだ。有料の座禅会なのに、参加者が掃除もする。このへんは門外漢からすると、やや調子よく聞こえなくもない。
「道場がずいぶん汚れてきたから、この辺でひとつ合宿会でも開催してきれいにしよう」
なんて意図は、まさかないよね。
1枚の紙にぎっちり積み込まれた工程への不安からか、そんな批判的な雑念さえ湧いてくるのだった。

とはいえ、賽は投げられている。僕はすでに参加申し込み済みで、今日は説明をうけに来ただけなのだ。ここでキャンセルは格好悪すぎる。
この時点で合宿本番まで残すところ10日。ことの重大さに気づいた僕は、その日から毎日45分間の座禅2セットを自分に練習ノルマとして課すことにした。とっくにFIREした身、このくらいの時間は難なく作れる。
しかし何度座っても45分は長い。本当に嫌になるほど長い。うとうとし始めて、途中で中止することもしばしば。
大丈夫か、僕? 合宿中は1日2回どころじゃないんだぜ、と日ごとに不安は募る。ネットで摂心会の評判などもググってみるが、何の情報も得られない。ある程度実情がわかれば、少しは気が楽になるはずなのだが。
さぞかし暗い顔をしていたのだろう。妻が声をかけてくれる。
「大丈夫、大丈夫。向こうに行けばなんとかなるって」
なるかあ~?
しかしそんな僕の懸念をよそに、時は流れ、あっという間に合宿当日がやってきた。
いざ本番!
合宿の様子は明日から数日かけて掲載の予定。興味のない方は飛ばしていただいてかまわないが、この手の世界を覗いてみたい人にとっては、それなりにおもしろく読んでもらえる寺修行、ならぬ道場修行・体験談になるのではと思っている。

というわけで、乞うご期待!



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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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