6月8日(水) 坐禅合宿1日目


昨日からの続き。このような経緯により、僕は臨済宗道場で4泊5日の座禅合宿に参加することになった。

6月7日(水) 1日目。
午後7時半開会だが、その前に「道号授与式」があるので、夕食をすませた上で6時半までに道場に来てほしい、と新潟禅会、T会長から言われていた。
通常だと車で40分ほどの道中だが、ラッシュアワーとぶつかるので念のため余裕をもって5時に家を出発したところ、さしたる渋滞もなく順調に進んだ。
この時間だと当然のことながら、まだまだ明るい。途中で曲がりくねった山道を走るので、日が長い季節であることに感謝しながら、近くにある大きな公園の駐車場に車を停めた。そこからさらに徒歩で山道を登っていく。この山道を下って車に戻るのは4日後かあ。そのときは悟ってたりして。なんて、まさかなあ。

すぐに道場に到着。T会長を探して挨拶すると、各自がつける名札に出身地と名前を記すよう指示される。渡されたのは筆ペン。ここでは筆ペンを使うことは当然の作法のようだ。さすが、禅の世界。日本文化の接着剤、というか、むしろ芯。
しかしその手のことにあまり興味がない僕にとって、筆ペンなんて何十年も使っていない難物だ。うまく書ける気は最初からしなかったが、実際に書いてみると予想以上にひどい出来で、がっくりとうなだれる。
この名札を5日間着け続けるのか。罰ゲームだな、こりゃ、と到着数分ですでに冷や汗&自己嫌悪。
次に、玄関から左に進んですぐのところにある10畳ほどの広さの男性更衣室兼休憩所に入ると、6~7名の会員が慌ただしく着替えをしている最中であった。なんと、全員和装で正装。むちゃくちゃ恰好いいではないか。僕ひとりスーツで浮くなあ。せめてちゃんとしたフォーマルなやつで来てよかった(僕はちゃんとしたスーツを春夏、秋冬の1セットずつしか所有しておらず、それも滅多に着ることはない)。
予定通り7時から道号授与式が始まった。新潟の会員の中にひとり、僕と同じ年くらいの女性が日曜座禅会にいたと昨日書いたが、その方がこのたび、これもまた昨日解説した「公案」を2年かけて(!)通過し、悟りの最初の段階に入った証として、称号である「道号」を授与されるのだとのこと。促されるままま2階の禅堂に入ると、すでに儀式のセッティングがなされていた。

IMG_0044.jpg(実際の写真)

実はここから先は緊張のあまり、細かいことはよく覚えていないのだが、全員が正座で見守る中、道号を授与される女性がG老師の前に正座のままにじり出て、お辞儀を繰り返す様子がぼんやりと記憶に残っている。そのお辞儀も単に頭を低くするだけではなく、立ち上がってはまた正座に戻ったり、両手を頭の前の床につけたり、逆に手のひらを上に向けて頭の上に掲げたりを繰り返す、なかなか複雑なものだった。この女性も相当練習したに違いなく、所作が一々、舞いのように美しい。
僕はそれに見とれ、荘厳な雰囲気に圧倒される自分を楽しんではいたが、実のところ一番気になっていたのは足元。座禅のために半跏趺坐の練習はしてきたが、まさか正座も必要とは知らなかった。日本坐はまったく不慣れなため、あっという間に足が痺れ、すでに感覚がない。つらい。
しかし会員の方々は正座にも慣れているようで、厳かな儀式を涼しい顔で見守っている。
道号を授与される女性に対し、G老師から言葉がかかった。これまた迫力のある美しい言葉なのだが、緊張のため細部の記憶は残っていないのは同上。うろ覚えながら内容を記すと、
「道号の授与は悟りの完成ではなく、ようやくスタートに立っただけなのだと肝に銘じなさい。禅の修行はすばらしい人生をもたらすが、決して平たんな道のりではない。一生かけて精進すると約束した以上、ここからしっかりがんばりなさい」
という感じ。声に力がこもっていて、祝福と言うよりむしろ恫喝めいて聞こえる。怖っ。
ひょっとして僕はとんでもないところに来てしてしまったのでは? 緊張と不安で冷や汗が流れる。

道号授与の次は直ちに結制茶礼。要は開会式とのこと。
会員と僕が両手を合わせる中、総裁老師が入場し、着席。ただでさえ足の感覚が戻らない中、僕は再度の正座。
まずは総裁老師の挨拶。先ほどのG老師が求道者らしく細身なのとは対照的に、こちらはがっしりした体格で、声は野太く、ヤ〇ザの親玉と言われても納得しそうな風格だ。
ただし言っている内容は、先ほどのG老師より穏やか。
開催地は新潟だが、今回は自分が出向いて本部での合宿と同等にとりあつかう。他の支部からも会員がきているから、みな厳しく、しかし仲良く切磋琢磨し、すばらしい5日間にしよう、という内容(だったと思う)。
会員は各自まんじゅうと茶碗を1セットうけとり自席へ。そこに給仕がお茶のはいったやかんをもって回ってくる。僕は客人としてそれを注いでもらえばいいだけなのだが、細かい作法がいくつかあって、例えば隣の人が注いでもらっている間に合掌の上、自分の茶碗を給仕が注ぎやすい場所に掲げて待機。注いでもらった後は、畳においてもう一度給仕係に再度合掌、という具合だ。何も聞かされていない初心者としてはかなりハードルが高い。
冷や汗が流れ足はしびれるが、見よう見まねで踏ん張る。こんな静粛な雰囲気の中で悪目立ちはしたくない。
その後、まんじゅうとお茶を実際にいただくのだが、総裁老師とまったく同じペースで食さなければならない、らしい。とはいえ総裁老師の方向に顔を向けて直視してはいけないようで、皆、自分の正面をみながら横目で総裁老師の動きをチェックし、まずはまんじゅうを半分、次いでお茶一口、そしてまんじゅうを平らげ、お茶をさらに一口、という具合に飲食を進めていく。最後に総裁老師がお茶を飲み干し、皆も続いて終了と揃うはずなのだが、僕は総裁老師がまんじゅうを半分に割ったところを見逃し、一口で全部食べてしまいそうになり、しかし隣の人が半分しか食べていないのに気づいて慌てて半分を紙に戻す、という重大なタイム・ロスがあったため、動作が皆からワンテンポ遅れてしまい、ただ一人シンクロできない状況に陥っていた。オー・マイ・ゴッド、じゃなくて、ブッダ? とにかく無茶苦茶あせる。
そして最後に総裁老師の号令を頂くというので、全員がすっと起立した。ただでさえついていけてない僕は、早く立ち上がらなければ、と焦る。しかし問題は両足だ。人生でかつてないほど重度に、完膚なきまでにしびれ上がっている。
足の感覚がなくても、体全体でバランスをとればなんとか立てるはず、と根拠なき楽観的予想の元、そっと立とうとしたのだが、瞬く間に見当違いの方向に重心が傾いてしまい、まさに漫画のようにすってんころりん。柔道の技をきれいに決められたかのような転びっぷりとなった。
展開が早くも想定の範囲を超えている。
緊張、冷や汗、もちろん羞恥心。実に美しい会だったから、自分に余裕があれば貴重な体験を楽しめたはずなのだが、実際はというと、道場到着後わずか2時間で精魂尽きるほど疲れはててしまったのだった。

そんな僕の「とほほ」な心境をよそに、ショウ・マスト・ゴーオン。茶礼の片づけを全員で素早くと終えると、さっそく1回目の静座(通常の座禅)に入る。さあて、修行の始まりだ。
家で毎日練習したのもあって、ある程度きちんと座れているつもりなのだが、緊張と暑さ(この日は蒸し暑く、もちろん禅堂に冷房はなく、そして僕は気慣れないスーツを着ていた)でさっぱり呼吸に集中できない。
助警(パシンと背中を叩く警策を持った人)がこれまた美しい所作で回ってきて、本当はこんなときは一発打ってもらってすっきり心を静めるべき局面なのだろうが、疲れ果てていた僕はそれすら面倒でパスしてしまう(流派によって作法は違うようだが、ここは打ってほしいと希望する人が合掌によって助警に合図を送る決まりになっていて、『坐相が悪い!』と懲罰のように打たれることはない)。
時間の流れがやけに遅く感じられ、待てど暮らせど終了の鐘が鳴らない。つらい。
そんな具合で禅定はまったく得られず、ひたすら脳内でジタバタするだけで45分終了。我ながら情けない。
次の参禅(会員は順番に老師のいる部屋に行って公案を授かる。僕は非会員で参加できないので、座禅を継続)まで5分間休憩ということなので、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の掛け軸の正面で問訊(もんじん;合掌しながら低頭する動作)して、いったん退室(そういう作法なのだ)。
1階の休憩室に入り、ここからが勝負だ、次の座禅でどうやって心を落ち着かせるか、ストレッチをしながらじっくり作戦を練り……というのは嘘で、あまりの疲労感から、帰りたいという衝動や参加を悔やむ気持ちが抑えられなくなっていた。
この道場では年4回、会員を中心とし、希望する非会員(今回で言えば僕)も加え、「摂心会」と呼ばれる座禅合宿を主催している。ただし、僕も参加するまでよくわかっていなかったのだが、今回は通常の合宿とは異なり、人間禅本部の総裁もお招きしての「特別」合宿とのこと。
いつもなら参加者はほぼ地元の会員のみで、そこに新潟を管轄しているG老師に来ていただき指導を仰ぐのだが、今回は中央から総裁老師が来て中心となる(担当師家)。そしてG老師にも合宿の間、「提言」と「講演」を1回ずつ担って頂く形で参加いただくという、異例のダブル老師体制。加えて北海道、仙台、中央の支部からも数名ずつ参加するという、人間禅という大組織にとっても初の試みとなる大きな会なのだ。
参加者は地元新潟から会員6名に加え、僕、さらに2日目から2泊だけの初参加者1名(僕と同年代の男性、Iさん。僕や彼のような非会員は『新到者』と呼ばれる)で計8名。その他ははっきり覚えていないが、老師2名の他、札幌2名、中央(東京という意味?)2名、仙台4名、全部合わせて17名だったと記憶している。ただし他県からの参加者は部分参加が中心なので、実際に道場に滞在しているのは常時10人ちょっとというところか。ちなみに男女比は2:1。年齢としては、中央から参加した女性が若く(30歳代?)、ついで仙台の男性(40歳代?)、その次が僕(ちなみに54歳)とさきほど道号を授与された新潟の女性という順番で、後は全員、僕よりかなり年配。
長々と解説して何が言いたいかというと、もし僕が今回の特別合宿を避け、通常開催のものに参加していればここまで大がかりな儀式はなく、もう少し平常に近い心持ちで座禅に臨めた可能性が高いのだ。しかもいつもより1日長い!
よりによって、とんでもないときに来ちゃったな、と後悔の念がよぎる。
さて、10分の休憩の後の参禅(参加できない僕だけ引き続き座禅)。公案については昨日紹介したとおりで、鐘が打ち鳴らされるたびに会員がひとりずつ座禅を解いて、老師の待つ部屋へ行く。
まずは直日(坐禅会の責任者、この合宿では新潟禅会会長のTさん)から通路の通り方、待機する場所などの諸注意があり、その後、いよいよ開始となった。
この時点で疲労のあまり、座禅に集中しようという気さえ起きなくなっていた僕は、好奇心から薄目できょろきょろ様子をうかがう。なるほど、鐘が打ち鳴らされるたびに一人ずつ退出し、すぐに前の前の人が帰ってくる(とうことは、公案を受けている人の他に常に誰かひとりが、禅堂から公案部屋の間のどこかで待機していると推測される)。
公案の内容は師と修行者の間だけの秘密で、決して他言してはいけないとのこと。皆さん、どんなやり取りをしているのかなあ。おもしろそうだなあ、と俄然興味が湧く。
そこで公案について、昨日の記事に補足して解説する。

一人の僧が趙州和尚に問う。
「如何いかなるか是これ祖師西来意――達磨大師がインドからはるばる中国へ来られた真意とは何か!」
趙州和尚曰く、「庭前の柏樹子」。

なぜ達磨大師の本性が単なる庭の木なのか、修行者はその後、座禅を組みながら考えなければならない。
謎の答えはネットで調べれば、模範解答らしきものがいくつか出てくる。
たとえばこれ。
http://www.rinnou.net/iroha_uta/35-te.html

柏樹にはもちろん意識はない。大きくなろうとか、花を開いて実を結ぼうとか、涼しい木蔭を作って人々を休ませてやろうなどという意志は毛頭ない。無心にして花を咲かせ、無心にして実を結び、無心にして涼しい木蔭を作って人々を憩わせておるにすぎない。達磨大師はちょうど庭先の柏の老木のようなもの。意志があるようで毛頭ない。ないようで大いにある。

ただしこんな内容をネットでググってもっていっても、老師に一喝されて終わり。
実は公案に正答はなく、無理難題にみえる質問をうけた修行者が、答えをみつけるため、今までの人生で営々として築いて来た名誉財産はいうに及ばず、執着分別心、煩悩妄想を根こそぎ振り払って初めて答えがみえてくるのだそうだ。
考え抜いてみつけた答えをいとも簡単に「違う」と一喝され、場合によっては何年も考え続け、今度こそと思った回答も否定され、大の大人が悔しさから涙し、また、思いつめるあまり死を考える人さえもいるらしい。

以下は井筒俊彦著「禅仏教の哲学に向けて(ぷねうま舎)」から引用。

p200~
師によって弟子に与えられる問題としては、多くの場合、それは故意に意味のないものである。知性の到達する領域をはるかに超えて、肉体と心という全人格を含んだ実存的理解の特別な段階を弟子の内に目覚めさせるために、論証的思考を最初から困惑させるようななり方で公案は作られている。
だが、公案を混乱した非理性的なものや意味のないものとだけ考えるのは誤りである。公案がもともと、初期の問答、説話等から構成されたものであることを念頭におくなら、虚構か現実かにかかわらず、私たちが公案を歴史的文脈に返し、そのような角度から近づくことができさえすれば、その公案の各々は知的理解の範囲においてもある種の意味を生じるのだということは容易に認められる。換言すれば、そこには、公案の各々が禅哲学の縮図と見なされうるような特殊な意味があるのだ。

p208~
事実、公案の完璧な知的理解の獲得によっては、人は重要なものには何も到達しないのである。逆に公案は、人が知的理解を深めれば深めるほど、その精神から、禅の訓練の唯一の目標である直接無媒介的把握から、ますます必然的に遠ざかっていくような性質のものなのである。したがって、禅の観点からすると、知性によるいかなる公案のどのような理解も、それがどれほど深く正確なものであっても、禅修行を遂行する者の道に妨害しか作り出さないのである。
注意すべきは、禅における公案のあらゆる知的理解の拒絶は、絶対的で徹底的なものであるということだ。公案を理解しようとする精神的態度そのものが、最初から拒絶されなければならないものなのである。というのも、知性が機能する意識のレベルこそ、まさになんとしても乗り越えられなければならない類のものであるからだ。これが、禅があらゆる哲学的思索 Philosophieren を無条件に拒絶する主な理由である。人は、公案の知的解釈に基づいて深い哲学体系を作り上げていくことに成功するかもしれない。だがその時には、人は弁別的知性の次元になお留まっている。<無分節体>の直接無媒介的把握――それこそ禅がもっぱら関心を寄せるものである――に向けての人間の全面的転成としては、何も達成されていないのである。

ううむ、恐ろしい。でも、とても興味深い。
とはいえ繰り返し書いてきたとおり、初心者の僕が参禅で公案を授かるチャンスはない。会員たちの様子を観察するのにも飽き、呼吸に意識を戻そうとするのだが、僕の頭の中はというと、
(それにしても長い、長すぎる。本当に終わるのか、これ。足が痛いよお、そろそろ組み替えよう。合掌して……あれ、痺れていて足が動かないぞ。しょうがないから両手で抱えて、よいしょっと。そんでまた合掌して手は法界定印つくって……ああ、今度は背中が痛い。それにしても、本当に今日中に終わるんだろうな)
といった雑念がぐるぐる、繰り返し何週も回る。つらいだけの時間をひたすら耐えて、ようやく座禅2回目が終了した。時計をみると10時半。あれ、10時開枕(就寝)じゃなかったの?
まあ、いい。とりあえず初日は切り抜けた!
山ほど汗をかいたのでシャワーくらい浴びたかったが、入浴は女性からとのこと。男性、かつ若輩者である僕の順番はいずこ? それを待っている気力はとてもない。
着替えた後はさっと歯を磨いて、禅堂へ。小さな部屋は一部は女性用、さらに各老師が個室として一部屋ずつ使うので、男性陣は全員が禅堂で雑魚寝だそうだ。押し入れから一組、自分に充てられた布団セットを持ち出し、スペースを確保。
時間はすでに夜11時。朝は5時起床だから確保できる睡眠時間は6時間ということになる。毎日最低でも8時間は寝ている僕にとっては心もとない長さの睡眠時間だが、どうすることもキャンノット。
さあ寝ようと布団に入る。疲れ果てているはずなのだが、緊張が残っているのか、さっぱり眠気がやってこない。するとあちこちからかなり激しめのいびきが。ただでさえ僕は音に敏感で眠りが浅いので、これではとても眠れない!
というわけで念のために持参した眠剤を飲み、耳栓をして睡眠に挑む。備えあれば憂いなし。念のためにと準備してきた自分を褒めてあげたい。いや、しかし、耳栓なんかして明日5時にちゃんと起きられるのか?
まあ、いいや。寝坊したところで取って食われるわけじゃなし。明日への活力、睡眠が優先、と開き直る。

寝坊の心配は見事に杞憂に終わった。というのも、眠剤と耳栓の助けを借りても眠りは浅く、夜中、何度も目を覚ますはめになったのだ。やれやれ、である。
夜から始まった1日目だけで長い記事になってしまった。
最後までお付き合いくださった皆様に感謝、と言いながら明日も合宿の記事が続くのである。

さて、内山の運命や如何に。南無南無(宗派が違う!)



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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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