6月8日(木) 2日目 後編


禅堂での昼寝を終え、気分がすっきりしたところで1階の休憩室に戻る。台所以外に冷房設備はないが、日当たりが悪く、扇風機があるこの部屋は比較的涼しい。するともうひとりの新到者である I さんが持ち込んだノートパソコンに向かっているのに気づいた。ネットやSNSといったお遊びではなく、何らかの作業に没頭しているご様子。
僕自身はすでにヘロヘロな中、昼寝でようやく回復したというのに、I さんは唯一のまとまった休憩時間に仕事とは。タフだなあ、と感心していると、ちょうど通りかかったT会長から声がかかる。
「I さん、それはひょっとして、お仕事ですか?」
ええ、と頷 くI さんに、T会長は厳しい口調で返す。
「ここは集中の場です。お仕事はしないでください。どうしてもなら、ご自身の車の中ででもどうぞ」
ええっ? 昼寝はいいのに休憩時間に仕事はダメなの? 僕はむしろ立派だと思うけどなあ。
しかし考えてみれば、休む行為はその後の作務や座禅への活力を生むのに対し、仕事だと疲れを貯めこむはめになり、確かに合宿の目的にそぐわないかも、という気もしてくる。
休憩も昼寝もOK。会員、特に他県からの参加者と交友を深めるのはOK。だけど禅修行に関係のない活動はたとえ仕事でもダメ、と。覚えとこっ。
ちなみに僕のスマホの電源は昨夜、道場入りした直後に切ったままだ。ラインで家族や友人の様子を知ってしまうと、それに関連する雑念が浮かびやすくなり、禅修行の妨げになると思ったので、こっそりトイレでチェックということも一切ない。
こういうところ、僕は案外ストイックなのである。
T会長による叱咤で部屋に気まずい雰囲気が漂ったが、そのまま休憩室に残る。というのも、他に行く場所もないのだ。
そのとき、いつも柔和なNさんが珍しく険しい顔で入ってきて、T会長に声をかけた。Nさんは前回の記事で紹介した地元新潟の会員。齢は70歳代か。笑顔がチャーミングで明石家さんまの真似をする「ほいけんた」と雰囲気が似ていなくもない。
「問題が起きました!」
Nさんの緊迫した様子が感染したのか、僕も緊張しつつ聞き耳をたてる。
「老師の下着が混ざって、どちらのものかわからなくなってしまいました!」
なるほど、ふたりの老師の洗濯も地元会員の仕事らしい。T会長からの叱咤が飛ぶ。
「老師の服は分けて洗濯するよう言ったじゃないですか!」
T会長はNさんより一回りほど若いはずなのだが、Nさんに限らず誰に対しても、注意する声は手厳しい。そのため、一時は怖い印象ももったのだが、後にそれは「修行の成果では?」と思うようになる。この話は、また後日。
叱咤に対し、Nさんの説明はこうだ。
「ええ、洗濯の時は分けたんです。ただ乾燥機は2回まわすとさすがに電気代がかさむと思いまして……」
うわあ、それじゃあ意味がない、と聞いていて僕も思う。
「もちろん乾燥機にも、入れる時はしっかり分けてから入れたんです。でも乾燥機が回ったら、中で混ざっていてしまいまして……」
なんたる言い訳。これぞ禅問答!というワケではなさそうだ。
T会長はしばし絶句の後、一言。「それは……混ざるでしょうね」
ここで僕はNさんが先ほど、「摂心会に参加するようになり、生まれて初めてみそ汁を作った」と笑っていたことを思い出した。おそらくご家庭では、洗濯機や乾燥機も使った経験がないのだろう。乾燥機に入れたら中で洗濯物が混ざり合うという結果は、一度でも経験したことがある人間にとっては常識だが、未経験のままご高齢になられたNさんにとっては、予期せざる展開だったに違いない。
であれば断じてNさんは悪くない。かといって、「乾燥機も別々にかけるように」と指示しなかったT会長が悪いわけでももちろんない。こういう仕方のないことがまま起きるのが世の中である。色即是空、空即是色……って使い方が違うか。
T会長はムムッと唸った後、思い切りよく言い放った。
「仕方がない。服のサイズで分けましょう」
なるほど、大柄な総裁老師と痩身のG老師とでは、下着のサイズも違うはず。老師ふたりに、「洗濯物が混ざったので、ご自身のものをこの中からとってください」とは、さすがのT会長も言えないようだ。
「なるほど」とNさん。すぐに洗濯物をもってきて休憩室で広げると、そこでうれしそうに一言。
「大丈夫です T さん、名前が入ってます!」
なんと、おふたりとも丁寧に自分の下着には名前を書いてあったようだ。安堵の空気が休憩室に流れる。
よかった!
しかし、今になってみると思う。ふたりの老師が下着に書かれた名前は本名なのか、それとも道号だったのか。もし書いてあるのが素の本名だったら、ちょっと笑えるかも。
よかった、よかったと胸を撫でおろすだけで、そこに書かれた名前を実際にこの目でチェックしなかったことが今となっては残念でならない。

その後、午後2時半から4時までは再度の外作務。草むしりも少し勝手がわかってきたのか、午前よりは捗った。相変わらず腰は痛いが、それは避けようがないし、暑さで汗だくなのも、老師方を始め、年配の会員たちがとてもよく働いている以上、不満を持ちようがない。ただただ無念で集中しようとだけ心掛ける(心掛けただけ。うまくいったわけではない)。
作務後はこれまた午前同様、お茶とお菓子がふるまわれた。僕は家ではあまり甘いものを食べないので、厳しい禅合宿に来て、1日に2回もおやつを食べている現状もどうかとは思ったが、作務後につまむおやつの味は格別で、誘惑に抗うのは難しかった。それに合宿中はどうやら他に娯楽らしい娯楽はないようで、俗な快感を得られる唯一のチャンスが1日2回、作務後のお茶タイムなのだ。
というわけで今度は仙台土産のまんじゅうをいただく。何種類かあるフレーバーのうち、胡麻味を選んだ。うまい、うまい。こりゃ、たまらん。

午後4時半から座禅。場の雰囲気に慣れるにつれ、呼吸への集中力も高まりつつあったのだが、このあたりから両膝、足首の痛みが気になり始める。
考えてみれば昨日の夜に到着して以来、すでにあわせて4時間半も座禅していることになる。これだけの時間にわたって半跏趺坐で座ったのは、もちろん生まれて初めてだ。それに加え初日、緊張のあまり妙な具合に力がはいってしまった気がする。
とはいえこれも仕方なし。どうすることもキャンノット。なんとか45分間の座禅をこなす。朝イチと昼前の座禅は前述したように45分が2回で1セットだったが、夕方は1回だけで終了(会員目線だと、この時間帯だけ静坐のみで、参禅がないことになる)。足が痛む身としてはとても助かった。
スケジュール表によると、この後5時半から夕食、6時半から「講本下読み」、7時から「提唱」となっている。相変わらず何が何だかわからないが、イベントはこれで1周することになるから、その後は同じイベントの繰り返しになると気づいて少し気が楽になる。
よし、なんとか乗り切るぞ。勝手がわからないイベントにあたふたするのも今夜の提唱が最後だ!(翌日朝にはこれが大いなる勘違いであったと知ることになるのだが。嗚呼)。

さて、その提唱。総裁老師、G老師のお二人が交互に担当されるということで、この日は総裁老師。内容は禅テキストの解説で、題目は無門関第一則、趙州無字(じょうしゅうむじ)。以前解説した公案のひとつで、「すべてに仏性がある」という教えからの囚われを解き放ち、分別妄想を切って捨てるためのもの、らしいのだが、長くなるので解説は割愛。
実際の提唱に先立って行われるのが「下読み」で、老師が来られる前に30分かけて、話の中身を参加者たちが予習しておくというもの。座禅の姿勢で渡されたコピーを読むよう指示されたものの、現代語に訳されていないので、いくら読んでも内容がさっぱり入ってこない。この時間、いる?
禅の段取りは、一見形式主義的にみえても、少し俯瞰してみると実は理にかなっていると気づかされ、感心することも多かったのだが、この「下読み」に関しては最後までよく意義がわからなかった。しかし会員の皆さんは(心中のほどは不明とはいえ)、真剣な表情でコピーをみつめているので、僕も悪目立ちしないよう形だけは真似る……いや、真似ようとはしたのだが……。
実はこの時、僕はさらに強まった膝の痛みに苦しめられていた。夕方と比べても、かなり悪化したようだ。修行者たちはみじろぎもせずコピーに目を落としているが、膝が痛くて半結趺坐どころか、あぐらをかいても痛みで脂汗が浮く。
ちなみに提唱では正装が義務なので、僕は慣れないスーツ姿。たくさんの人数を詰め込んだ禅堂内はただでさえ暑いのに、夜は近隣住民に気を使って窓を一部しか開けないので、痛みと暑さから、まるで運動をしているかのように汗が噴き出してくる。
6時55分。「下読み止め」とT会長から掛け声がかかり、7時ちょうどに総裁老師の登場となった。総裁老師の話しぶりは(逆に怒られるかもしれないが)プロの講談師のように達者で、ときにユーモアを交えながらトントンと話が進んでいく。
本物の宗教家による素晴らしい講演。普段の生活ではそう簡単に見られるものではない。状況が許せば大いに楽しみたいところだったが、とにかく膝が痛くてどうにもならない。総裁老師の巧みな話術を拝聴しながらも、痛みと不安で頭が一杯になる。
この後の座禅、45分2回ぶんをどうやって乗り切ろう?
そんなことばかりが頭をよぎり、さっぱり集中できないまま、だましだまし痛みを凌いで提唱終了。10分の休憩をはさんですぐ静坐が始まるとのことなので、僕は大急ぎで1階の休憩室に行って、スーツからTシャツ姿に着替える。膝は痛いままでも、暑さはこれで解決するはず。

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静坐開始。痛い。Tシャツ姿になっても汗が止まらず、呼吸に集中どころではない。
しかし時が流れ続けている以上、いずれは終わりが来るはずとただただ耐える。なんども限界を感じ、そのたびに「もう少しがんばれ」と自分を叱咤する。やがて鐘の音が聞こえ、45分の座禅が終了。
5分の休憩の後、会員は参禅。僕は I さんと座禅を継続。とにかく最後の45分を切り抜けて、さっさと寝よう。明日になれば痛みも多少はよくなるはず、と自分に言い聞かせる。
こういうときの45分は本当に長い。ほぼ無音の静座と違い、参禅では、総裁老師と問答をする会員が入れ替わるたびに鐘が鳴る。すぐダメ出しをされたのか、短い間隔で鐘がなると、「いいぞ、いいぞ、テンポよく進行!」と応援したい気持ちになるし、途中でさっぱり鐘がならなくなると、「なにを話し込んでるんだ、いったい! まさか無駄話でもしてるんじゃなかろうな」と無茶なクレームのひとつも言いたくなっている。もちろんそんなわけはないのだろうが、痛みで半ば理性が飛び、ネガティブ思考の塊になった僕は、頭の中で文句を垂れ流し続ける有様だった。
痛みで足を組み替えるまでの時間がどんどん短くなる。最初のうちは足を組み替えることにより、一時的に痛みが弱まっていたのだが、最後のほうでは両膝とも同時に痛み出したため、組み替えても組み替えても痛みが弱まらない。
今度こそ本当に限界が近い。
途中、なんども中座しようと考えたのをなんとか堪え、ついに鐘の音。2日目終了!
痛みに耐えてよくがんばった。感動した!(我ながら)
という具合で達成感に打ち震えていると、そこに直日、R会長の声が聞こえた。
「では5分間の休憩の後、静座をします」
ええっ、ここからさらにもう1回やるの? 聞いてないよ!
僕の頭の中で何かが「プツン」と弾けた。とても無理だ。やってられるか!
痛む足をさすりながら、それでも儀礼上、掛け軸への一礼は忘れずに禅堂を後にすると、1階に下り、休憩室でへたり込む。5分後にもう一度禅堂に戻る気はさらさらない。やめだ、やめ。もう帰る!
時計をみると9時20分。休憩時間も含めて計算すると10時10分に静坐が終わるはずだから、そこでT会長に事情を説明し、帰らせてもらおう。
引き止められるだろうか? しかし僕が帰る理由は、我がままや精神的な辛さではない。膝の痛みがどうにもならないのだから仕方がないではないか。
一人芝居に似た妄想は続く。
(痛みに耐えるのも修行のうち、と言われたら? いや、僕は(元だけど)医者だ。このままでは本格的に痛め、後々の生活に支障が出るかもしれないと話せば、まさかそれでも座り続けろとはいわないだろう。ハラスメントもいいところで、訴訟問題になりかねないし、そうなれば会の名にも傷がつく)
今振り返れば、僕が忌み嫌う「自分の妄想によって自分自身が苦しめられる」という、地獄のスパイラルにすっぽり入り込んでいたことになる。しかしその時の僕はそれに歯止めをかけることもできず、今度は逆に、妄想によって自分を慰めにかかる。
(たった1日だけど、我ながらよくがんばった。十分だ。唯一残念なのは、息子たちに途中で降参した自分の姿を晒さざるをえないということ。いやいや、常日頃から僕は『大切なのは結果ではなく経過だ』と言っているではないか。結果はだめでも、父さんはこれだけがんばったのだと胸を張ろう)
そのとき、ぱたぱたという足音が聞こえ、誰かが休憩室に人が入ってくるのが気配でわかった。顔を上げると助警(じょけい;パシンと背中を叩く警策を持った人)のMさんの姿が。
「どうされました?」
僕が禅堂に戻らないのに気づき、心配して探しにきてくれた、と今ならわかるが、そのときは完全にパニック状態だったので、
「追手にみつかった!」
という悲壮感しかない。
しかし、そこで思った。かえってよかったのだ。この人にT会長への伝言を託して帰ろう。そうすればあと40分間待たなくてすむ。
「いや、実は夕方から痛み出した膝がもう限界でして……」
これにて帰らせていただきます、と僕が言う前に、Mさんはあっさりとした口調で告げた。
「そういうときは、立っていいんですよ」

そういえば、座禅の作法で読んだことがある気がする。足が痛んでこらえきれなくなったら、しばらく立って数息観をし、様子をみてまた座ってもいいし、立ったままでもいい。自分が座れないはめに陥るとは想像もしていなかったので、すっかり記憶から抜け落ちていたようだ。
「立っている間、手は法界定印を結ぶのではなく、叉手当胸でけっこうです」
はあ、そうですか……。
これで膝の痛みを理由に帰るという道はなくなった。かといって、「そうか、立っていいならいけるぞ」と俄然やる気が出た、ということはもちろんない。この人は僕の痛みを軽くみているのだ。しばらく立っていれば癒えるレベルの痛め方ではないと、これは断言できる。
しかし議論をしてもしょうがないし、第一、自らの修行、助警としての務めを中断してきてくれたMさんの時間をこれ以上無駄にするわけにはいかない、と最低限の分別が働いた。一礼の上、返答する。
「試してみます。ありがとうございました」
というわけでその日最後の座禅は、立ったまま行うことになった。全員が座っている中、一人起立の姿勢を続ける僕。恰好悪いことこの上なしで、どうみても出来が悪くて立たされている子供だ。
しかし不思議と恥ずかしくはない。もはやサバイブするのに必死で、恥ずかしいと感じる精神的余裕はなくなっていた。
ただし立っていれば痛みはなかったし、禅堂に帰った時点ですでに10分ほど経過していたので残すところはざっと30分程度ということになる。この後 T 会長に相談の上、帰るとなれば、これが最後の座禅、もとい、立禅だ。
ならせめて、精一杯がんばろうではないか、と雑念交じりながらもできる範囲で呼吸に集中し、数息観。
ひとーつ、ふたーつ……帰りたい、みっつ~……。
やがて道内に鐘の音が響き渡った。本日の工程、これにて終了。
直日として掛け軸を背にし、皆を見守る位置で静坐していたT会長は、とっくに僕の異変に気づいていたようで、すぐに早足で寄ってくる。
「膝ですか?」
「はあ、もうどうにも限界でして、その……」
「明日からは椅子禅にしましょう」
はあ⁉
T会長は押し入れから折りたたみ椅子を出して、さっそく実演を始める。
「こういうふうに浅く座ってください。最初は座りにくく感じるでしょうが、深く座るとかえって背筋が伸びません。浅く座って、足は手前に引いて、骨盤を立てる。背骨と首は座禅と同じ要領で、バランスよくすっと伸ばしてください」
この時の自分の心境は、おぼろげながらにしか思い出すことができない。緊張と痛みで疲労困憊しており、頭の回路が切れた状態だった。
もちろん、
「うわあ、もう帰れない」
という、退路を断たれた絶望感もあった。しかし、
「椅子禅ならできるかも! 痛みさえないのなら、まだがんばってやろうじゃないか!」
という意気込みもあった気がする。もちろん、後者の割合は限りなく小さいものだったはずだが……。
休憩室に戻ると会員の皆さんが心配そうに声をかけてくれる。話を聞いてみると、ほとんどの人にとって膝の痛みは一度は通った道らしい。結跏趺坐ならともかく、半跏趺坐にしては布団の枚数が少なすぎる、とか、多少体が反るのはいいのだが、それにしても胸が出過ぎているのでは、といった具体的アドバイスも頂く。
僕を呼びに来てくれた助警、札幌支部から参加のMさん(60歳代と思われる)も、もともと体は柔らかく楽に結跏趺坐ができていたのに、座禅ではなく長時間の正座によって膝を痛めてしまい、以来、半跏趺坐しか組めなくなったと無念そうに話す。
「だから膝には本当に気をつけて。椅子禅だって立派な修行です。曹洞宗の会派によっては、むしろ椅子禅を推奨しているところもあるくらいですから」
弱り切っていたのだろう。皆さんからの助言がありがたくて、涙が出そうになる。
この日、老師ふたりは僕らが最後の座禅(あ、僕だけ立禅ね)を組んでいる間に風呂をすませたとのこと。これから女性で、最後に男性。この入浴パターンは合宿最終日まで続くことになる(それは同時に、夜の座禅が2回だったのは初日だけで、今後も3回1セットが続くことを意味する)。
自分の入浴順を待っている気力など毛頭なく、念のため持参したボディ・シートで簡単に体を拭く。これは本当に持ってきてよかった!
歯を磨いて2階に上がり、布団を敷く。
これだけ汗をかきながら2日間もシャワーを浴びないなんて、今までの人生であっただろうか? 中学のとき友達と行ったキャンプ? でもあのときは川遊びで汗を流せたしなあ。
他の会員をみても、大半はすでに寝支度に入っている。男性会員はほぼシャワーはあきらめているようだ。
明日からどうしよう?
まあいいや、今夜は十分悩んだ。もう考えるのはやめて、寝よ。それにいくらなんでも、これより状況が悲惨になることはないだろう。
このとき、寝床でいつまでも思い悩むことなく潔く思考を切り替えられたのは、ひょっとしたら座禅の効果が出はじめていたのかも、と今なら思う。いくら下手とはいえ、ここまでですでに計7時間半も座っていたわけで。

この日は前日と打って変わり、たちまち泥沼のように底のない深い眠りに落ちた。


シリーズ1回目からお読みになりたい方はこちらから。
臨済宗の道場での座禅合宿に参加してきた。



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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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