“海外の話ついでに、アーリーリタイアの国際比較をしてみましょう。欧米ではそれほど珍しくはないアーリーリタイアが、日本ではほとんどみられないのはなぜなのでしょう?
労働観の違いに、その理由をみる人もいるかもしれません。キリスト教の国々では、労働はアダムとイブの時代には存在せず、イブが禁断の果実を食べてしまったことから、神が罰として人間に与えたのだ、という思想が根底にあります。仕事という言葉も、英語のbusinessはbusy(忙しい)から来ていますし、フランス語のtravailにいたっては、torture(拷問!)を語源にしているそうです。一方、日本の労働観は欧米とは対照的で、稲穂には神が宿っており、農業に従事できることは神からの祝福であるという、とてもポジティブな発想に基づいています。
しかし、現状はどうでしょう? 実際に労働を喜びとしている日本人が多いかというと、国際比較調査の結果、「仕事に対するストレスが大きく、仕事に満足していない人の割合」は欧米よりも高く、サラリーマンのおよそ四〇パーセントが「いまの会社を辞めたい」と強く思っているという結果が出ています。熱意のある社員の割合は、グローバル平均の約三分の一である一三パーセントに過ぎず、「常に仕事を第一に考えるべき」と強く考える人の割合も調査参加国中で最下位の二・六パーセントでした(ちなみに、一般的に怠惰なイメージのある国々を見てみると、ブラジル 二〇・七パーセント、イタリア 一五・八パーセント、ギリシャ 一四・五パーセントで、平均よりは低いものの、日本と比べればはるかに高い結果でした)。「仕事は収入を得るための手段でしかない」という、身も蓋もない意見をもつ日本人の割合は四二パーセントで、これもやはり他の先進国と比べて、かなり高くなっています。現代を生きる多くの日本人にとって、仕事はもはや、神からの祝福ではないようです。
次に、日本と欧米諸国とでの、労働環境の違いをみてみましょう。最近はほころびがみえてきたとはいえ、日本ではまだまだ終身雇用と年功序列が前提で、雇用の流動性が著しく低いため、一度会社を退職すると、よほどの技能をもたない限り、好条件での社会復帰は難しいのが現状です。そのため、「とりあえず一回会社を辞めて、一~二年のんびりしながら、自分のリタイア生活への適性をチェックしてみる」、というような試みをするためには、とても高いリスクを取らざるをえません。
また、退職金の問題もあります。退職金制度は実は日本独特のもので、諸外国には少なくとも日本のような形では存在しません。そう言うと、あたかも日本の企業が思いやりのある経営をしていると勘違いしてしまいそうになりますが、実際は逆で、本来は給与として毎月貰えるはずの金額のうち、一部を会社に預けたままにすることを強いられ、それを退職時にはじめて引き出すことができるという、従業員にとってはなはだ不利な慣行なのです。そもそもは明治中期、劣悪な雇用条件を嫌った女子出稼ぎ労働者が故郷に逃げ帰るのを防ぐため、雇用期間が終わるまでの間、雇い主が給与の中から一定額を強制的に預かったことから始まったとされています。
(中略)
このようなことから、日本でアーリーリタイアが少ない理由は、古来からの労働観ではなく、むしろ慣習や法制度によるところが大きいようだと推測されます。“
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内山 直
作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。