体は絶え間なく流れていく流体である。「動的平衡」のご紹介。


禅の実践者として、仏教の「無我」については何度か書いてきた。
この「無我」と似たことを積極的に提唱している科学者がいる。
提唱されている概念は「動的平衡」で、提唱している科学者は福岡伸一という生物学者。
著作は多いのでどれを紹介するか迷うところだが、コンパクトにまとまっている点を評価し、下記書籍から引用する。


p53~
皆さんは、自分の体は個体だと思っているでしょう。でも、少し長い時間軸で見てみると、絶え間なく流れている流体だということがわかります。流れ去るとともに、作り替えている。シェーンハイマーはアメリカに渡った研究者なので、これを英語で「ダイナミックステイトに私たちの体はある。動的な状態にある」と論文に書いています。このコンセプトこそが、ミクロなプラモデルみたいな部品で私たちができているという機械論的な生命観ではなく、私たちの体はもっと流動的に、絶えず動いているという生命観を教えてくれたのです。
それに気づいた私は、シェーンハイマーのコンセプトを日本語では「動的平衡」と呼べばいいのではないかと考え、提唱することにしました。
「動的」とは、常に動いているということです。「平衡」はバランスを意味し、絶え間のない流れの中で、常に合成と分解がバランスをとっていることが私たちの体のいちばん大事な特性で、「動的平衡があるから、生命が生命たらしめられている」ということができるのです。

p168~
「生命とは何か?」という問いの答えは、「生命をどう定義するか」によって見方が変わってきます。だから、「生命は動的平衡である」という私の定義から見たら、細胞も生命だし、細胞と細胞の集合体である私たちも生命だし、個人が集まっている人間社会も生命体だし、人間と他の生物との相互作用で成り立っている地球全体も一つの生命体だということができます。生命の定義によって、何を生命を見なすかという境界線は膨らんだり縮んだりします。動的平衡の観点から見ると、地球全体も一個の生命体だというふうに考えて差し支えないと私は思います。


「動的平衡」という考え方は皆さんにどのように映っただろう。
人間の体は数カ月もあれば大部分が入れ替わっている。ではなぜ記憶、しいては「自分は自分である」という感覚が持続するかというと、記憶は脳内にビデオテープのように保存されているわけではなく、神経細胞が連係した回路網として保存されているにすぎないから。よって、記憶は「思い出すたびに内容が変わっていく」という説もある。
川が流れ、水は瞬時・瞬時に入れ替わっているのと同様に、僕らの体も流れ続けている。
ね、まるで仏教でしょ?

僕らが錯覚しているような「確固たる自分」は存在しないことは、(再三書いてきたように)数々の科学的知見からほぼ証明されたと思っている。
しかし大事なのは「無我」を論理的に理解することではなく、感覚として察知すること。でなければ真の意味では変われない。
そう考えて今日も僕は長々と座部の上に座るのである。合掌。



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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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