僧侶が語る「死を受容する方法」とは⁉

今日、紹介するのは養老剛司氏の対談集「老い方 死に方(PHP新書)」。
対談相手のひとりである僧侶、南 直哉(じきさい)氏の発言から、興味深く感じた部分を引用する。


南氏が考える「死を受容する方法」のひとつは、「90歳を超えること」とのこと。90歳を超えると、人間、あまりクヨクヨしなくなるのか、苦労して死ぬ羽目には陥りにくくなるようだ、とのこと。
では、どのような人がそこまで長生きしているか、自身の経験から述べている。

p55

基本的に健康体だということもあるんでしょうけど、一つ言えるのは、規則正しい生活をされているということですね。とくに大事なのが、起床、就寝の時間、三度の食事の時間が、ほぼ決まっているということ。もっと厳格な人は、食べるものもほぼ決まっているみたいです。お酒は案外、飲むようですが。とにかくルーティンが決まっている人が多い。それからもう一つ、決定的に大事なのは、大切にされているということ。温かい人間関係のなかにいる。この三つが揃うと、かなりすっと逝かれるように思います。

これは僕にとっての「長生き」イメージにドンピシャリで、よく納得できた。
まずは、「食べるものもほぼ決まっている」というくだり。
食事などというものは、
「あれが食べたい、これが食べたい」
といった欲求に振り回されることなく、淡々と、鳥が餌をついばむように成せばいいのでは? と以前から感じている。
そして、「お酒は案外、飲むようです」。
この発言は僕のような酒飲みにとって大いなる救い。さすが、百薬の長!
さらに最後の、「温かい人間関係」は胸にずんと響いた。やっぱり、これだよねえ。
家族孝行は大事であり、どうやらペイするらしい、ということで!

さらに死を受容する方法として、「自我を自分の外に向かって広げていく」ことも有用と述べている。

p57

生きていれば、お互いの共通の問題というのは、どこにでもあるわけですから、自分の問題は他人の問題でもある。そのときに「損得」とか、「褒められたい」とかと思わないで、ただ単に、他人と関わるようにする。損得は、自分と他人を峻別して自己に執着することになる。褒められたいと思えば、自分を誇示するか、他人に媚びて自分を評価させようとする。いずれも自己は閉じて、開かれない。だからそれを放下(ほうげ)して、自己を開くことを繰り返していけば、自ずと死を迎えるための練習になるのではないかなという気がするんですがね。

損得勘定や承認欲求を手放し、自己を開く。仏道において、僕は「自我を薄めていく」感じをイメージしていたが、「自己を開く」と聞くと、そちらのほうがより積極的に思え、好感がもてた。
実に力強い言葉であり、これさえすっと腑に落ちれば、今後、人間関係で悩むことはないのでは、とさえ思えてくる。
もちろん、簡単ではない。でも、「そういう人間になりたい」と願いつつ、僕は今日も座禅を組むのである。

精進っ!




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子どもたちのお弁当。
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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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