健康について ~ 伊集院静の研究4


11月24日、肝内胆管癌で亡くなった伊集院静氏が40歳代のころ、週刊文春で連載していた「二日酔い主義」から氏の生き様を紹介している。僕自身、もちろん伊集院氏ほど破天荒ではなかったものの、周囲との折り合いがつかず、酒に逃げることも多い時期だったので、共感し、ときには大いに励まされもした。
(なんだ、僕よりもっとひどいのもいるじゃないか)
なんて苦笑することも(失敬)。

4回目のテーマは伊集院氏と「健康」

まずは「歯」から。
1990年、40歳。

奥歯が痛い。
鉛筆でトンと叩くと、歯茎がグラッときた。あれ? と、もう一度叩くと舌の上に大豆のようなものが落ちた。あわてて吐き出すと奥歯である。
とうとう最後の奥歯もなくなった。
これでもう、物を噛む歯がなくなった。
――歯ぎしりもしなくなるかも知れない。


1991年

正常な人の歯は32本あるらしい。
今しがた数えてみたら19本しかない。そのうちサシ歯が3本あるので、ちょうど半数しかない。
今年は数えで42歳である。(中略)物が噛めなきゃ、酒で栄養を摂ればそれでいいだろう。


そういえばどこかで「私は歯を磨くタイプの人間ではないので」とも書いていた記憶がある。
(そうか、歯を磨くのは常識ではなく、磨くタイプの人とそうでない人がいるだけなのか)
と膝を打った僕は、その後しばらく飲みすぎた日を中心にあまり歯を磨かなくなり、もちろん今はそのことを後悔している。
この後、50歳近くなってから歯科通いをしている節がエッセイからうかがえるが、詳細は不明。しかし晩年にある程度歯が揃っているところをみると、そこで徹底的に直したのだろう。
実は僕も今年、歯を徹底的に直した。50歳代というのはそういうことをしたくなる(せざるをえなくなるw)年代なのだろうか?

次は1989年の原稿なので、1986年ごろ、30歳代半ばでのエピソード。

3年前、腸閉塞で入院した時、原因は栄養失調と言われた。G大病院のS先生に、
「酒ばかり飲んで何も食べてないんだろう。まるで栄養が足りてないよ」
と叱られた。


この後の話がおもしろいのでついでに引用。

退院の前夜、S先生と二人で銀座に飲みに出かけた。梯子酒をしているうちに二人ともベロベロになってしまい、タクシー乗り場まで千鳥足で歩いた。
途中、屋台のラーメン屋があった。私はちょっと腹が空いていたので、
「先生、ラーメンでも食べませんか?」
と声をかけると、
「何か食べると、酒が美味くない。それが酒飲みのせりふか」
と怒鳴られた。私はこういうタイプのお医者さんが大好きである。


こういうタイプのお医者さん、僕も好き。

心臓はかなり悪かったようだ。1989年、39歳。

毎年、夏の終りになると体調が悪くなる。緊急入院をするのも決まってこの季節だ。恒例にならなければいいと思うのだが。先日東京で朝方まで飲んでいたら、不整脈が来た。皆と別れて六本木の通りを一人で歩いていたら、ドーンと背中を誰かに叩かれた感触があって、少し息が止まってからドクドクと動悸が始まった。


1993年

少年の走る姿を見ていると、うらやましく思う時がある。
私はもう走ることができない。
心臓の具合が悪くなって、ここ十年近く両手を思い切って振りながら走った記憶がない。


あれだけ体も大きく、野球でプロを目指した伊集院氏がそこまで健康を害したのは、やはり放埓な生活の影響が大きかったのだろう。
心臓、肝臓、痔、歯に加えて、目に関する記述もたまに出てくる。1992年。

そう言えば、ここ数年で驚くほど視力が落ちた。
先日、新橋にあるG大病院で検査してもらったら、1.5あった視力が0.2まで落ちていた。
視力には自信があったんだが、ここまで悪くなっているとは思わなかった。

確かに40歳すぎくらいって、ガタガタっとくるんだよな。僕にもそんな記憶がある。
これは皆共通なのか? それとも無茶な飲み方をしてきた人に特有な症状なのか?

1996年

先日家の中で、身体が固くなったのではと足を伸ばして床に手をつけようとしていたら、家人に言われた。
「どうしたの? 膝でも痒いの?」

と、これはご愛敬w。
ちなみに「家人」とは1992年に結婚した篠ひろ子さん。
明日は篠ひろ子さんとのエピソードを紹介したい。

(『1』からお読みになりたい方はこちらから)




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僕は飲むときはわりと食べます(キリッ)。

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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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