篠ひろ子さんについて ~ 伊集院静の研究5


11月24日、肝内胆管癌で亡くなった伊集院静氏が40歳代のころ、週刊文春で連載していた「二日酔い主義」から氏の生き様を紹介している。僕自身、もちろん伊集院氏ほど破天荒ではなかったものの、周囲との折り合いがつかず、酒に逃げることも多い時期だったので、共感し、ときには大いに励まされもした。
(なんだ、僕よりもっとひどいのもいるじゃないか)
と胸を撫でおろすこともあった(ほんと、失礼な話ではある)。

5回目の今日は3人目の奥様にあたる篠ひろ子さんについて(篠さんは初婚で2歳年上)。

1992年、結婚はこのように紹介されている。

かくのごとく私の一年は何も変化はおこらず、相変わらずの二日酔いの日々であった。
ところが或る朝、二日酔いで目覚めたら……妻がいた。
「おはようございます。お目覚めですか」
妻は笑って、両手にかかえたトレイから冷たい水の入ったグラスをサイドテーブルに置いた。
足音が跳ねるように遠ざかった。
私はぼんやりとグラスの水を見ていた。水にブルーの光が揺れている。
――何だろう?
と見ると、コースターに刺繡された花模様が水を透かして映っていた。

7年(内山注;先妻、夏目雅子さんが亡くなってからの年数と思われる)の私の暮らしのなかで、酔い醒めの水に花の入り込む余地はなかった。
私たちは十年近く前から、顔見知りだった。酒場で出会い、オッスという仲だった。先妻が死んだときも、彼女の泣いている背中はよくおぼえている。放埓な暮らしにのめり込んでからも、時折東京へ戻ると不思議とよく出くわした。私は勿論だが、彼女の方も酔っているときが多かった。はしゃいだ後、酒場に二人で残ると、私は彼女を家まで送って行った。男と女というより、仕事にも恋愛にも頑張っている戦友に思えた。年に一、二度、居合わせると酒を飲んだ。酒を飲みすぎる女は嫌いなのだが、彼女には仕方がなかったんだろうと思える正直さがあった。
「どうしようもなければ嫁にもらってやるさ」
「本当ですね」
「だから、頑張れって」
家に消えて行く彼女の背中が気になった。
今年の梅雨入りに再会して、梅雨明けに結婚していた。こんなこともあるものだと、私自身が驚いている。
私はグラスを手に取ると、喉を鳴らして飲み干した。
歌声が聞こえた。
白い背中に花模様が重なった。


「梅雨入りに再会して、梅雨明けに結婚していた。こんなこともあるものだと、私自身が驚いている」との言葉は文句なしに恰好いい。ハンフリー・ボガードが言ったらばっちりハマリそうだ(もちろん、伊集院氏が言ってもいい)。
ちなみに伊集院氏からのプロポーズの言葉は、「僕の生まれたところを見に来ませんか」。
篠ひろ子さんとの結婚会見では、
「これだけ問題を抱えた男だから、大人の時期を重ねている人の方がいいだろう。彼女なりに受け止めようとしている」
と話し、
「つくづく俺も悪い男だなと思いますよ」
と呟いたそうだ。
きゃああああ。飲みが足りないんじゃないのか、このタコッ!(と伊集院氏を真似てツッコンでみるw)

篠ひろ子さんに関して僕の一番のお気に入りはなんといっても1993年のこのエピソード。

週末の夕刻目を覚ましたら、家の廊下にダンボール箱が積んであった。
そのかたわらで家人がしゃがみ込んで大きなバッグに荷物を詰めている。
「家出でもするのか?」
「………」
家人は何も返事をしない。
真剣な目付きである。家の掃除をしている時と、旅の支度をしている時、家人は異様な神経状態になる。
1泊2日の旅に、3日前から支度をはじめる。
春先アフリカへ10日ばかりの旅へ出かけた時などは一カ月前から準備をはじめて、あと3日という頃にはパニック状態になっていた。
どんどん持って行く荷物が増えて、居間の半分にトランクが山積みになっていた。
「おい、誰がこの荷物を持つんだ」
「私とあなたに決まってるでしょう」
試しにその荷の半分かかえてみて驚いた。
「これじゃ成田までトラックで行かんとならんのじゃないか」
「よくそういう冗談が言えますね。私がこの一カ月間どんな思いで旅の支度をしてきたか、まるでわかってないんでしょう」
親の仇を見るような目で睨まれる。
「しかし、ちょっと多いんと違うか。難民と間違われるぞ」
「どうしろっておっしゃるんですか」
声が裏返っている。
「君、声が少しおかしいぞ」
「えっ?」
荷詰め作業の疲れで、持病の扁桃腺が出ていた。
それでまた薬やら氷枕で荷が増えた。おまけに旅先では半分以上ホテルで寝込んでいた。
まあ人間を長い時間やってきている女性だ。当人のことは本人しかわからないだろうから、好きにさせとくしかない。
その夕暮れは、日曜日から仕事で四国へ出かける旅支度らしかった。
テレビを見ながらビールを飲んでいると、いきなり部屋に来て、
「どうしてこの辺りの宅配便は言われた時間にちゃんと来ないんですか」
とえらい剣幕で叱られた。
――おまえもついでに宅配便で運んで行ってもらえ……。
そこまでは言えなかった。


なんともいい話。
「まあ人間を長い時間やってきている女性だ。当人のことは本人しかわからないだろうから、好きにさせとくしかない」
という表現も、ファンとしてはたまらない。
篠ひろ子さんも、ぶっ飛んでいて実にイイ。
伊集院氏を失い、さぞかし肩を落とされているのでは、と心配になってくる。
「長い時間」で培ってきた人間力で、少しずつ立ち直ってくれるはずとは思うのだが。

伊集院静の研究も、今回でようやく折り返し地点に達した。
ここにきて内容が平和になってきたと思っている方もいるかもしれないが、平和なのは今回だけで、今後は前半にもまして過激な内容になる予定だ。

明日は伊集院氏と関わりの深い、他の2人の女性とのエピソードを紹介する(ネ、不穏な空気が流れてきたでしょ)。


(『1』からお読みになりたい方はこちらから)




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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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