「2人の女性」について ~ 伊集院静の研究6


11月24日、肝内胆管癌で亡くなった伊集院静氏が40歳代のころ、週刊文春で連載していた「二日酔い主義」から氏の生き様を紹介している。僕自身、もちろん伊集院氏ほど破天荒ではなかったものの、周囲との折り合いがつかず、酒に逃げることも多い時期だったので、共感し、ときには大いに励まされもした。
(なんだ、僕よりもっとひどいのもいるじゃないか)
と勝手に引き合いにだして自分を慰める日もあった。

6回目のテーマは女性。とはいえ、伊集院氏がどれだけモテたかは、ググればいくらでも出てくるので、ここでは書かない。
今日は伊集院氏にとって喜びであると同時に、さぞかし「難儀」であったであろう2人の女性を紹介する。
(今日の記事は伊集院マニアじゃないと書けないよ。エヘン)

1989年

東京から山口、九州を回って京都に帰って来ると、写真誌が取材に来ていた。なんでも家人に見送られて家を出たところを盗み撮りしたらしい。
「これから喫茶店に行って記者の人に逢ってきます」
「そんなことをしなくてもいいよ。馬鹿げてるよ」
「あの日は化粧をしてなかったから、できれば撮りなおしてもらおうかと思ってるんです」
「………」
私が呆気にとられて顔を見ていると、
「冗談に決まってるでしょう。変に書かれないように、ちゃんと話してきます」
表の扉が勢い良く閉まる音がした。

「家人」について説明がないが、夏目雅子さんとの死別から篠ひろ子さんとの結婚までの間の一時期、一緒に暮らしていた京都の芸者さんと思われる。
他の雑誌で1996年に伊集院氏は下のように書いている。

しかし京都は遊ぶには楽しい街である。数年前、私は京都の向日町競輪でちょっとした金を稼いで、続く奈良、西宮、甲子園、福井競輪と出かける度に連勝して、
――こりゃ京都にいれば一年ギャンブルで暮らして行けるぞ。
と“占子の兎”状態だった。それで芸妓と暮しはじめたら、気付いた時は億という借金をしていた。

伊集院氏の借金はギャンブルによるものと捉えがちだが、氏は別の連載でも、
「私の今の貧困はすべて女から生じている」
と書いているので、その多くは彼女との同棲中にできたものと思われる。

以下は違う雑誌での漫画家・西原理恵子さんとの対談。

伊集院 小説を書く前に、京都で芸者さんにひっかかったことがあったんだよ。
三年して別れることになって「お父さん、ほな別れるんなら思い出でもおくれやす」って言ったから、本にサインでもしてやるかって(笑)。そうしたら「京都で思い出言うたら、お家どっしゃろ」ってさ。家?って感じでさ。だってその時ね、その人も新しい男の人と暮らしてんだよ。
西原 うーん。
伊集院 だけどまあ、三年世話になったし、けじめだと。でも、お金はないからね、すぐ出版社とか借りに行くと、担当重役ぐらいが出てきて、「どうしたんですか」「ちょっと手切れ金がいるんで」と言うと、「また手切れ金ですかァ」って言うんだよ(笑)。
こちらにしてみれば、お前の金じゃねえだろうってとこがあって、別にくれって言ってるわけでもないし、印税で返してあげるからって。それでも3000万ぐらい足りなかったんだよ。
西原 ええ⁉
伊集院 それでその時に、今のカミさん(内山注;篠ひろ子さん)と酒場で話す機会があって、金かき集めているんだよって言ったら、「あっ、私貸してあげようか」って言ったんだよ。10年ぐらい酒場で会ってたけど、えっ、て思った。この人、すごくいい人なんだって(笑)。それで借りたわけ。

普通に考えれば当時から篠ひろ子さんは伊集院氏が好きだったんだろうし、これが結婚の布石になったものと思われる。
ちなみにこの芸者さんは「佳つ乃」さんという方らしい。
https://ameblo.jp/katsuno-kyoto/
彼女に関してはこんな記事も(2013年)。
https://www.news-postseven.com/archives/20130715_199639.html?DETAIL

15才でこの世界に飛び込んだ佳つ乃は、16才のときから各界の名士と接してきた。彼女のお座敷には歌舞伎、映画関係者、京都の財界人などが名を連ねた。
そんな彼女の名を世に知らしめたのが1985年の郷ひろみ(57才)との熱愛報道。その後も伊集院静(63才)や高橋克典(48才)らと浮き名を流した。彼女は芸妓を続ける傍ら、2010年に和風ラウンジ『祇をん 佳つ乃』をオープンさせている。
「1人15万とか20万円取られたとか、店の評判が芳しくないんですわ。私も“ワイン飲みまひょか”とか言われて、うなずいたらボトルが出てきて…。そしたら帰るとき、値段見て目ん玉が飛び出ました。

夏目雅子、佳つ乃、篠ひろ子とつき合った順に写真を並べると、伊集院氏の女性の好みがみえてくる気もする。


さて、今日取り上げるもうひとりの女性は西山繭子さん(1978年1月21日 生)。女優であり作家。
ピンとくる人はいるかな?
「西山」は伊集院氏が帰化した後の本名。最初の奥さんとの間に生まれた二人娘の妹で、彼女が生まれる前に伊集院氏は家を出ている。

1991年のエッセイ。

大晦日に、私は娘たちと13年ぶりに逢った。
原宿の“キディランド”という玩具のデパートの前で待合せた。
娘たちは十分遅れて来た。私は少し前から行っていたから、その時間はひどく永い時間に思えた。
――来ないかもしれない。そうだろうな……。やっぱり。
逢ってから、3人で中華を食べた。正直なところ、何を食べているのかよくわからなかった。
学校でどんなことを学んでいるのか。普段は何をしているのか……とか、私は喋り続けていた。
自分が何を怖がっているのかはわからないが、私はひどくおびえていた。
「何か目標があるのですか」
と私が聞いたら、下の娘は、
「普通に生きたい」
と答えた。
13歳である。逢いたいと言ってきたのは下の娘であった。私は胸をえぐられた気がした。
その娘が、送り出したタクシーの後部席から、ずっと私を見ていた。

13年ぶりに会って13歳なのだからこの時、伊集院氏と西山繭子さんは初対面だったはず。
読んでいるだけで切なくなるようなエピソードだ。

晩年は一緒に仕事をすることも多かったらしく、2019年の西山繭子さんのブログにはこう綴られている。

ここ数年、父の海外取材には必ず同行するようになりました。今回の旅も然り。こんな風に本番前にスタイリストのようなことをしたりしていました。

ちなみにこのブログ、トリッキーな仕掛けがしてあってなかなか面白い。
興味がある人がいたら、どの辺が「トリッキー」なのか探ってみてくださいな(すぐわかるからw)


ここまで書けばもうひとり、夏目雅子さんにも触れるべきだろうが、実はあまり書くことがない。というのも伊集院氏は夏目雅子との日々を積極的に公開してこなかったから。
興味のある人は小説「乳房」や、ベストセラー・エッセイ「大人の流儀」に顛末が記されているので、そちらを参照してほしい(ただし前者は絶版 涙)。

明日は伊集院氏と「ギャンブル」について書く。
大作になりそうな予感……。

(『1』からお読みになりたい方はこちらから)


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手前はシトラスいわし。白とよく合います。

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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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