ギャンブルについて ~ 伊集院静の研究7


11月24日、肝内胆管癌で亡くなった伊集院静氏が40歳代のころ、週刊文春で連載していた「二日酔い主義」から氏の生き様を紹介している。僕自身、もちろん伊集院氏ほど破天荒ではなかったものの、周囲との折り合いがつかず、酒に逃げることも多い時期だったので、共感し、ときには大いに励まされもした。
(これだけひどくてもやっていけるなら、僕も大丈夫……かな)

7回目の今日のテーマは伊集院氏とギャンブルについて。

まずは1995年のエッセイから。氏が競輪好きだったのは有名な話。

この頃、ギャンブルが勝てない。
負け続けていると、ギャンブル場へ行く気力が湧いてこない。
それでも出かけるのは、他にすることがないからだろう。
「よくそれだけ負けて、平気でいられますよね」
熊本競輪場で隣にいた関西の競輪記者のH君が言った。
――あのね、平気なわけないでしょう。私が冷静にしてると思ってるんでしょうが……。ところがね、本当は私、すぐにでも走路の中へ飛び込んで行って、あの選手たちの頭をスリッパで引っぱたいてやりたいの。金網に全員逆さに吊してやりたいんですよ。
そんなふうに言えたら、さぞ気持ちいいだろうな。

ははは、さぞかし気持ちいいだろうな。数百万の単位で賭ける、大胆な博打だったらしい。払い戻しの最高額は「3000万円くらい」と漫画家・西原理恵子さんとの対談で語っている。
伊集院氏からの影響もあり、僕も一時期、競輪にはまった。
僕が住む新潟には弥彦競輪場がある。伊集院氏が弥彦まで旅打ちに来るときは老舗旅館、高島屋に泊まり、競輪場ではVIP席で銀鱈定食を頼むと聞いて、真似たこともある。
VIP席というと高級な感じがするが、当時は確か500円程度で入れた記憶がある(なんせ30年も前の話だ)。銀鱈定食は地元民にとっては可もなく不可もなくという程度。
高島屋のほうは敷居が高くて、立ち入ったことはない。外から「ここかあ」と眺めただけ。

そして有名な麻雀。
麻雀で賭けるとなると法に触れるためか、金額に関する記載はないが、長時間打つことが多かったことが、端々に見て取れる。

1992年

(内山注;先崎学棋士と対談後、夜10時ごろの話)
つい足先がふらふら新宿にむいてしまった。
――先崎君も来ればよかったのに……。
と牌を自模っては打ち出し、打ち出しては倒され、倒されてはもう半荘、とくり返していたら、夜中の4時を回っていた。
――知らぬ間に6時間も……。
なら可愛いんだが、間に丸一日加算されて、30時間経っていた。
眠いわけだッ、今夜は。

1993年

ちょっと麻雀を1、2時間してから飲みに行くつもりが、気が付いたら30時間打ち続けていた。
どうしてこんなふうになってしまうのだろう。わけがわからない。
(中略)
つき合ってくれた3人の顔を見ると皆、土気色をしている。
立ち上がるとグラリッときた。
右足のつけ根がちょっとおかしい。ずっと体重をかけていたからだろう。

1994年

その日は夜の10時から打ちはじめた。朝方になって少し体が疲れてきた。
――やはり体力が落ちてるのかな。
とその日、初めてのトイレに立った。
私はいったん麻雀をやりはじめると、よほどのことがない限り席を立たない。ひどい時は20時間くらい座りっ放しで、トイレはおろか食事を摂らない時もある。
それが近頃は2、3時間で席を立ち、少し休憩するようになった。
その夜もそうしようかと思ったが、どこまでやれるか試してみたい気がした。面白いもので半日過ぎた頃から調子が出てきた。頭もしゃんとしはじめた。
「いやあユウちゃん、ひさびさの長丁場になりそうだね」

1995年

二日前の夜、私は友人のMと深夜に逢ってそのまま麻雀をしてしまい、ずるずると夜明けを背中で二度見るまで麻雀を打ってしまった。頭がふらふらしてきて、どこからともなく流れていた有線放送のシンディー・ローパーの声が水前寺清子の××レモンというCMソングに聞こえ出したのでやめることにした。20時間以上麻雀をしていると、私は聴覚がおかしくなる。
「何時間やってたんだ?」
「38時間ですね。ちょっと長い気がしますね」
「うん、ちょっと長かったかな」
私はMの言葉にうなずいてホテルに戻った。編集担当のT君の顔を思い浮かべながら、私はベッドに倒れた。
4時間で起こされて、ひと仕事して新宿の街へ出た。
今夜はもう仕事をするしかない。
ところがふらふらとまた雀荘へ戻った。すると顔見知りが集まってきた。虎さんも仕事を終えて少し遊びに来た。さすがに私もバテ気味で20時間を過ぎたところで立ち上がった。

当時読んでいて絶句した記憶があるが、今読み返して再び絶句。
僕自身、麻雀は中・高校生時代に悪友たちとよく打ったが、大学に入ると同時に封印。夜は週6日アルバイトをしていたし、色々とおもしろいこともみつかって、麻雀に使う時間がもったいなくなったのが理由だ(あっという間に朝になっちゃうんだもの)。

ちなみに麻雀で一番好きなのは下のエピソード。違う雑誌の掲載だが併せて引用したい。

メンバーは総じて、最後は私が引っ張ると口にするが、誰かが引っ張らないと、麻雀なんてすぐに終わってしまうのではないのか。
一度などテレビのディレクターが、
「すみません。朝10時になると、女房が働きに出るので家に赤ん坊が一人になってしまうんです」
と言い出した。
「赤ん坊は、あの檻みたいなのに入ってるんだろう。大丈夫だよ。インドの方で飛行機が堕ちた時に赤ん坊が3日間くらい生きていた話を聞いたことがある。1日くらい大丈夫だ」
「……」
その時の当人と他の2人が私を呆然と見ていた。
「何だよ? その眼は。おまえたち見たことのないUさんの赤ん坊と麻雀、どっちが大事なんだ?」
「……」
彼等は何も返答しない。
「ほらみろ。暗黙の了解ってことじゃないか」
結局、その朝は10時前に麻雀は終ることになった。
小走りに引き上げるUの背中に、
「馬鹿野郎、麻雀やるんなら子供なんかこしらえるんじゃないよ。この素人が……」
と口走ってしまった。

これはさすがに半ば作り話ではなかろうか?
……というか、作り話であると信じたい。
まさか、このお方が紫綬褒章を授与されることになるとはなあ。

明日は伊集院氏の「寝床(?)」について紹介したい。なぜ「住まい」と書かないか、見当はつきますね(笑)。

(『1』からお読みになりたい方はこちらから)




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銀鱈定食よりこっち!

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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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