ファッションについて ~ 伊集院静の研究9


11月24日、肝内胆管癌で亡くなった伊集院静氏が40歳代のころ、週刊文春で連載していた「二日酔い主義」から氏の生き様を紹介している。僕自身、もちろん伊集院氏ほど破天荒ではなかったものの、周囲との折り合いがつかず、酒に逃げることも多い時期だったので、共感し、ときには大いに励まされもした。

9回目のテーマは伊集院氏のファッションについて。

1990年だから、40歳。

車窓からお堀端の風景を見ていると、目の前の夫人が私の足元をじっと見ている。私も気になって足元を見ると、ズボンの裾が裂けてボロボロになっていた。
――なんてだらしない男なのだろう。家庭はないのだろうか。
そんな目だった。私もちょっと恥ずかしくなって足をそっと隠すようにした。
この冬物のズボンはもう4年近くはいている。ひと冬、このズボンだけで過ごしたこともある。歴戦の勇士のようなズボンで、私には愛着がある。それにしても糸がほつれて無残な姿だ。


その10年後の2000年、下の娘さん(その後、女優・作家になる西山繭子さん)とデパートへ。

娘は普段、ひとりでは入りにくい高級な店へ行くと言う。しかし私も彼女も高級な恰好はしていない。彼女には言わなかったが、セーターから出ているシャツは、実はパジャマだった。


若い頃は広告代理店でブイブイ言わせていた伊集院氏がここまで服装に無頓着になったのは興味深い。
特に「パジャマ」は重宝されていたようで、パジャマにジャケットを羽織って寿司屋に行く件も他で書かれている。

こちらは友人であるイラストレーター長友啓典さんによる「解説」から。

夏でも冬でもズボン下をはなせないようだ。最近はそうでもないが、ズボンの裾がほつれ、上着のボタン、シャツのボタンは取れていた。

なぜ「最近はそうでもない」かというと、篠ひろ子さんが世話を焼いてくれているかららしい。下は1994年だから、結婚の2年後。

コートは私の冬の必需品である。
数年前、麻布の安アパートに住んでいた頃は、酔っ払って部屋に辿り着くと、コートを着たまま玄関で寝てることが多かった。
その頃は放浪癖がまだ残っていて、公園のベンチとかビルの間で寝ることがたびたびあった。
酔ってふらふら歩いて講演の前を通りかかりベンチを見つけると、何となく腰を下ろしたくなった、そのまま朝まで寝たりした。ビルとビルの間も同じで、通り過ぎようとして狭い空間を見つけると、
――ここなら暖かくて寝やすそうだ。
とつい思ってしまい、誘い込まれるように入って行ってしまう。それで横になって長方形の夜空から冬の星が見えると、
――キャンプみたいで、悪くないな。
と思って目を閉じてるうちに眠ってしまう。
六本木界隈の公園と、ビルの間のことなら今でも相当な自信がある。(何を言ってるんだろうね、この人は)
ともかくそんな性癖があったので、コートはなくてはならないものだった。
毎日着続けるから、当然ひと冬は洗濯しない。11月に付いた醤油の跡、12月にこぼした焼肉のタレ、1月に転んだ時の泥のあと……とか、春先コートを脱ぐ頃は白い布地がグレーっぽくなっていた。(さぞ洗濯屋は驚いただろう)
その頃、スーツも1、2着しかなかった。とにかく洋服屋へ行くという発想がどこからも浮かばなかった。
少しずつ着るものに無頓着になって、気が付いたら同じ服を着てる人になった。
ところが結婚して家人が買物のついでに私の着るものを買ってくるようになった。値段を見て逆上した。
「どうしてこんなもったいないことをするんだ。これで車券が何枚買えると思ってんだ。こんなものを着て歩いたら、歩く度に車券のことを考えて悲しくなるだろうが……」
すると次から値札を外して来た。
(中略)
「あのな、ここは洋服屋じゃないんだから。もう服は買わんでいい。死ぬまでの分、充分にあるから」
その上困ったことに家人は異常な奇麗好きである。シャツなんか一日着るとすぐに洗濯屋へ出す。
「あのシャツまだ着れたんだが……」
と言うと、
「首の回りが汚れてましたよ」
と言われる。
――そこは人には見えないだろうが。
と言いたいのだが、ゴキブリみたいに思われるのもなんだから、黙っておく。

これでもモテるのが伊集院氏のすごさ!

僕も若い頃はそれなりにお洒落な恰好を目指したりもしたが(そういう時代でもあった)、ある時期からまったく構わなくなった。
それでも「TPO」と「清潔さ」だけには気を配っているから、師匠の無頓着ぶりには遠く及ばないが、逆にいい年をしてこだわりまくっている人をみると、「もっと他にやることはないんかい」と思ったりもする。

そして伊集院氏世代の「ファッション」といえば、服に加えて車に凝る人が多いが、伊集院氏は車の運転もしない。その理由はというと。

実は居眠り運転をしまして、隣の助手席に座っていたおじさんが怪我をしたのです。
不思議なもので眠っていた私は額にかすり傷で済んだのですが、隣のおじさんは頭からフロントガラスに飛び込んでいきました。少し骨折もしてたかな。
とにかく私はそれから彼の病院にずっと見舞いに行き、罵倒され続けた。
退院をしても、ギプスをしたままおじさんは酒場で私をなじるのをやめなかった。
「わかった。俺はもう運転をやめるよ」
「よし、なら誓約書を書いてもらおう」
かくして私は運転席から降りた。

こんな調子でそれでもモテるんだから、本当に本当にすごい。
しかし同時に、このようなエピソードを被害者への謝罪の念なく、逆にオチョクルような書き方をしてしまうあたりに、氏の「バランスの悪さ」を感じなくもない。
貧乏や二日酔い、ボロい服は冗談にできても、交通事故による同乗者の怪我は洒落にはならないだろうに。
この辺の問題はさらに作家として「大御所」になっていくにつれ、顕著になっていくように僕には思えた。

明日で本シリーズもいよいよ最後回。その辺の不安定さを踏まえながら、伊集院静の「暴れっぷり」を紹介したい。


(『1』からお読みになりたい方はこちらから)




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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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