「暴れっぷり」について ~ 伊集院静の研究10


前回、伊集院氏の「バランスの悪さ」はこの後、作家として有名になっていくにつれ、さらに顕著になっていくように思えた、と書いた。
それも踏まえながら最終回・10回目のテーマは伊集院氏の「暴れっぷり」について。

なぎさホテル時代の話だから30歳前後。

その頃の私は人とよく悶着を起こしていた。詞を書いては文句を言い、演出をしては怒鳴り、酒を飲んでは喧嘩している、どうしようもない男だった。
そんな私のそばにKはじっと座って夜明けまででもつき合ってくれた。
腹立ちまぎれにKを殴ったこともあった。金がない時はかたわらに置いてあったKのバッグから財布を持って消えたこともあった。

夏目雅子さんの闘病生活時代を描いた自伝的小説「乳房」に栗崎三郎の名で登場しているのが、この「Kさん」と思われる。
ぜひ読んでほしい小説だが、これも絶版なんだよなあ。

時は進んで1992年のエッセイ。
「1年前、さらに3年前になると」と断っているので、40歳前後ということになる。

そのうえ、やっとつかまえたタクシーに乗り込んで、
「六本木まで」
と言うと、運転手たちはもろに不愉快な顔をした。
「えっ、六本木か」
と口にする輩までいた。
「“か”だと、貴様。今“か”と誰に言いやがった。人が汗水流して働いた大事な金で払っているタクシー代を」
私が怒鳴ると、同乗の友人たちはうんざりしたような顔で、そっぽをむいてしまう。
私はどうも酔っ払うと乱れる傾向があるらしくて、
「貴様、今使った“か”は敬語じゃあるまい。ましてや丁寧語でも謙譲語でもあるまい。それは軽蔑語として使ったんだろうが」
ここまでくると、同乗者はほとんど呆れた顔をしている。


1993年。

先日銀座の酒場で、或る若い男が、
「伊集院さん、あのことすみません」
といきなり謝ってきた。
その男は或る雑誌の対談で私のことを、ツマラナイ男と言った。そりゃたしかに私はツマラナイしどうしようもない。悪口は慣れているから構わないが、口にされた限りは酒場で出くわせば、殴るなり酒をかけるくらいのことをする。礼儀である。それから先は血が流れようが、店が壊れようが、それは男同士の成行きである。喧嘩がはじまれば善悪はない。


次は1999年だから50歳手前。相変わらず勇ましい。

先刻から運転手がえらくスピードを出す。前のトラックとの車間が詰まり過ぎている。
――どうしようかナ。
急ブレーキを踏んだ。
「おい、スピードを落とせ。なんて運転をしてんだ。ラジオも消せ。仕事中にラジオを聞いてる馬鹿がどこにいる」


この辺までは、クスリと笑えなくもない。
しかし次は……(同1999年)。

コンビニに入って、二日酔い解消のグッズを放り込み、レジに行く。スポーツ新聞を買うのを忘れていた。
「新聞はどこにあるの?」
と若い店員に聞くと、顎をしゃくって教えられた。この手の店員が多いナ。
「週刊文春はあるかな?」
と聞くと、
「さあ、知りません」
と素っ気なく言われ、レジの合計金額をぼそりと呟いた。
(中略)どうしようかナ、と少し迷ったが、声が先に出ていた。
「この馬鹿者! 俺は、この店にある雑誌のことを聞いたんだ! 他所の店のことを聞いたんじゃない。店にあるものを知らないで働くバカがいるのか」
――ああ、言っちゃった。
「おまえ、俺を舐めてんのか?」(別にこの若者が二日酔いの中年男を舐めるわけはないのにネ)
レジの台を蹴った(よしなさいって)。
(中略)
自分では、この頃、ずいぶんマルくなったつもりなのだが、何かの拍子で地が出てしまう。


本人は面白おかしく書いているつもりのようだが、やっていることがあまりに粗暴で、読んでいて気分が悪くなってくる。

伊集院氏は概して暴力に肯定的で、部活でも社会に出てからも、何発か殴られたほうが男はいい顔になると繰り返し書いていて、今の時代、ちょっと受け入れがたい意見に聞こえるかもしれない。
しかし、それは時代背景に加え、伊集院氏が育った環境にも大いに関係があるので、反射的に判断せず、広い視野でとらえるべきだろう(幼少期に韓国から海を渡り、日本で財を成したお父上が逆上した時の口癖は『おまえたち皆殺しにしてやる』だったそうだ)。

にしても、である。
実は僕が伊集院作品を楽しんだのは、2000年、連載「二日酔い主義」が終盤に差し掛かるまでのこと。この頃の伊集院氏からはまるで自分を憎んでいるかのような強い自己否定の念が感じられ、無茶をやっても許せる気がした。
(この人は若くして死んでしまうのではないか)
とハラハラすることも多かった。
しかしその後の、大ベストセラーになった「大人の流儀」や、晩年に週刊文春で連載された「悩むが花」では、論説があまりにも「上から」で違和感を覚えるようになる。
(おいおい、いつの間にあなたはそんなご立派な人間になったんだよ)、と寂しい気持ちにもなった。
若さ故の野蛮さと、金・ギャンブル・女に関わる破天荒な生活によりカモフラージュされていた傲慢さが、借金という重しが取れたのをきっかけに、その後、色濃く映し出されるようになったようにみえなくもない。
例えば、伊集院氏がよく綴った、
「会社の悪口を言うな。自分が馬鹿だと言っているようなものだ」
という言葉がある。
会社がダメだと思えば他に移ればいい。自分は無能なので、ダメな会社にしか居場所がないと言っているようなものだ、という意味と解釈して、なるほどと思った。
広告代理店、プロデューサー、作詞家、最後には作家。いずれも成功しながらも、決して満足することなく、挑戦するジャンルを変えてきた伊集院氏が語ると、より重いように思えた。
ところが晩年に週刊文春で連載した人生相談「悩むが花」では、頻回に、
「おい担当者。もっとましな相談をもってこないとワシャやめるよ」
という不満が出てくる。そして、そう言うわりに辞めようとしない。
連載の場は、作家にとって「職場」と同じ意味をもつはず。
まさに伊集院氏が忌み嫌っていた「会社の悪口」ではないかと感じ、
(そういうのは内輪でやってくれ。金を払っている読者に読ませる内容じゃないだろう)
と不快な思いをすることもあった。

今、僕の手元には1週間前に発行された「週刊文春 12月7日号」がある。
人気連載「二日酔い主義」「悩むが花」で売り上げに大いに貢献したはずの伊集院氏への追悼記事は、124ページと巻末近くに追いやられていた。しかも、たった3ページしかない。
タイトルは、伊集院静「愚か者」の流儀。死を悼む記事としてはタイトルからしておかしい、と首を捻りながら読みすすめると……。

20年にクモ膜下出血で倒れた後も、編集者を飲食に連れ回した。

連れ回した? 一緒に飲みに出かけた、じゃダメ?

コロナ禍で篠さんから「銀座のクラブ禁止」を言い渡されたが、伊集院さんは逆にホテルにホステスたちを呼んで、部屋で飲食の相手をさせていた。

相手をさせていた? 自粛で仕事が暇な彼女らをねぎらっていた、ではなく?
まさかとは思うが、自分が小金持ちになってからもお金を払わなかったのだろうか?

小誌の「悩むが花」は十月十九日号が最終回。伊集院は<面白くない><担当者が(中略)ちっともわかってない>と悪態の限りを尽くした原稿を寄せ、連載を降りた。

これは明らかに追悼ではない。むしろ批判記事だ(確かに『悩むが花』の最終回は目を覆いたくなるようなひどい内容だったが)。

文春の記事は最後にこう締めくくられている。

多くの人の胸に思い出を刻みつけ、「愚か者」の流儀を貫いてこの世を去った。


いやはや、伊集院作詞のヒット曲にかけたのはわかるが、それにしても愚か者呼ばわりとは……。

借金を完済した後の晩年の伊集院氏は、人気や人脈を笠に着る傍若無人な老作家として、業過の一部からは疎まれていたのかもしれない。あれだけ友人が多かったはずなのに、最後は誰とも会おうとしなかったというのも寂しい。
往年のファンとして胸が痛む。

しかし、である。
多くの批判はあろうとも、僕は生涯、伊集院氏のファンであり続けると思う。そのくらい、氏の中年期の作品はすばらしかったし、僕の人生にも多くの影響を与えた(悪影響のほうが大きかったかもしれないが、荒れた時期もあったほうが、人生はバランスがいい気がする)。
晩年、多少乱れたことは「そんなこともあるさ」とやり過ごしたい。伊集院氏がよく使った表現を借りれば「贔屓とはそういうもの」だと思う。
無頼派としては後に花村萬月さん、西村賢太氏がさんがいるので、僕は「最後の」とは書かないが、「類稀な」無頼派作家であったと、今回、古いエッセイ集を読み返して改めて思った。

伊集院静氏の冥福を心から祈って、合掌。


(『1』からお読みになりたい方はこちらから)



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アッシェパルマンティエ。載っているのはシメジ。
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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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