論文 “BCG によるcovid-19 感染予防効果について” に反論する~新型コロナウイルス

黒木登志夫医師が精力的に発信しているコロナウイルスarXivの(17)2020 年6⽉30⽇で、昭和⼤学呼吸器アレルギー内科学教室 ⼤森亨医師による「BCG によるcovid-19 感染予防効果について」との報告がなされた(6~11ページ)。

以下はその要旨。

“結核予防ワクチンとしてのBCG (Bacillus Calmette-Guerin)接種は、国によって⽅針が⼤きく異なり、接種国間でも菌株が異なります。118 カ国について、BCG の接種状況とcovid-19 感染の拡⼤、重症化を調べたところ、BCG 接種国が⾮接種国、中⽌国よりも、感染者、死亡者共に低いこと、および、それらの倍加⽇数が⻑いことが分かりました。”

僕の考えとはずいぶん異なる。
一見すると大々的なリサーチのようだが、一体どのような手法を用いたのだろうか?
そっさく内容を検討してみた。

論文ではまず、BCG 接種国の使⽤株とBCG 中⽌国、BCG ⾮接種国で以下のようにグループ分けしている。
Group1 計20カ国 人口11億1千万人
 主な国はブラジル、ロシア、日本で、株はoriginal BCGを使用
Group2 計11カ国 人口2億人
 主な国はサウジアラビア、南アフリカで、株はnext BCGを使用
Group3 は3カ国のみなので省略
Others 計65カ国 人口51億5千万人
 主な国はインド、中国、パキスタンで、その他のBCGを使用

と、ここまでがBCG接種国。
計99カ国、人口67億8千万人。

次いでBCG接種中止、あるいは非接種国。
Currently stopped(途中からBCG接種を中止) 計12カ国 人口3億5千万人
 主な国 イギリス、スペイン、ドイツ
Never(初めからBCGを接種していない) 計7カ国 人口4億7千万人
 主な国 アメリカ、イタリア、カナダ
計19カ国 人口 8億2千万人。

これらグループごとにBCG 接種状況と⼈⼝100 万⼈あたりのcovid-19 感染者数・死亡者数の推移をグラフにする。

BCG12
BCG6出所;コロナウイルスarXiv(17)


これを元に大森氏は、

“左2 つのグラフから明らかなように、BCG を中⽌したグループ(緑)と最初から採⽤していなかったグループ(紫)は、ほぼ同様のカーブを描き、BCG 接種3 グループよりも感染者数、死亡者数が上回っています。BCG 接種の有り(⻘)無し(⾚)で分けた右2つのグラフでは、その差は顕著です。“

と解説している。
確かに差は顕著だ。

そして結論。

”私がここで⽰した結果は、感染者数、死亡者数の動的な指標で⾒た場合においても、BCG がcovid-19 感染を抑制する傾向がみられることを⽰している。”

ん?
はたしてそうだろうか?

確かに初期の30日目(day30)までの推移をみると、感染者(上)、死亡者(下)とも、BCG接種国のほうが倍加日数が長い。
しかしその後、感染者数ではBCG非接種国に追いついてしまっているではないか。
死者数にはまだ差があるが、その差はどんどん縮まってきている。
しかし大森氏は、このグラフの説明でそこには一切触れず、何ら理由を示さぬまま「30日目までのデータ」だけを用いた統計的処理へとすすみ、上記結論に達しているのだ。

ちなみに31日目以降の変化については、これとは違うグラフのところで、ブラジル、インドについてのみコメントしている。

“この2 か国は、BCG を接種していないアメリカやイギリスと⽐較して、day 30 までの倍加⽇数が⻑かったのですが、その後の不⼗分な対策により感染が拡⼤したのだと思います。”

と、たったこれだけ。

つまり大森氏によると、30日目までBCG接種国で感染が少ないのはBCGのお陰で、その後、非接種国に追いついてしまうのはBCGとは関係なく、BCG接種国の対策が不十分だったから、というのだ。
これって、いくらなんでも強引じゃない?
最初から結論ありきの論理展開だ。

上の4つのグラフを僕ならこう解釈する。
まずは上ふたつの感染者数について、BCG接種国から。
Group 1 にはマスク文化による封じ込め成功国、日本、韓国、マレーシアが入っており、平均でみた立ち上がりの抑制に貢献している。。
また、ブラジルは夏だった、中国との往来が欧米より少なかった、という理由から感染の始まりがゆっくりだった。
ロシアは往来の少なさに加え、都市間の距離が大きいので、感染拡大にタイムラグが生じた。
さらにこれら途上国では医療・検査体制の不備から、流行初期では検査が追いつかず、感染者数・死者数とも実際よりかなり少なく報告された可能性が高い。
Group 2 のサウジアラビア、南アフリカについてもGroup 1と似たような説明が可能だ。
Others はインド、中国、パキスタンなどで、マスク着用の習慣がある国が多いため、感染拡大が広がりにくかった。
またインド、パキスタンでは高温多湿な気候が幸いし、中国では強権的な封鎖策が功を奏した。

次いで非接種国のグループ。
Currently stoppedはイギリス、スペイン、ドイツなど途中からBCG接種を中止した国々。
中国との往来が多い、人口が密集している、マスクをせず、ハグ、キスの文化が強いことから、感染は瞬く間に広がった。
また途上国と比べ検査体制が充実していたため、より実際の状況に近い多くの患者数が報告された。
なお、この論文では一切触れられていないが、ウイルス封じ込めに成功したオーストラリア・ニュージーランドはこのカテゴリーに入る。
しかし人口がヨーロッパよりはるかに少ないため、単純に数で処理されているグラフにはあまり反映されていないようだ。
Never はアメリカ、イタリア、カナダなど、初めからBCGを接種していない国々。
イタリアに関してはイギリスなどと同じ理由。
アメリカはニューヨーク州についてはやはりヨーロッパと同じ理由で感染爆発が起こったが、他の州の感染の立ち上がりは実はけっこうなだらかで、アメリカ合衆国としてひとくくりにするのは難しい。

最後に下2つのグラフ、累積死者数について。
90日の時点でもまだBCG非接種国のほうがかなり多いが、それは初期に感染爆発が起きたことにより医療崩壊が起きたから、で説明できるし、その差は感染者数同様、日に日に縮まってきている。
また、先進国(ほとんどは非接種国)でさえ超過死亡が問題視されており、死者数をカウントしきれていない可能性が高い。
途上国(すべて接種国)でカウントされていない死者数は先進国よりはるかに多いと考えるべきだろう。

と言う具合に、BCG接種抜きで簡単に説明可能だ。


僕ならこんな大袈裟な世界規模の集計はせず(だって環境が全然違うんだもの)、文化的に似ていて、民族・気候・人口密度、経済発展状況も近い国同士で比較する。
たとえばイタリア(BCG非接種国)、スペイン(接種を最近中止)、ポルトガル(接種国)とで推移をみてみればいい。
フィナンシャル・タイムズHPより
大森氏がこだわっている「人口当たりでの感染初期の立ち上がり」でみると3カ国はほぼ同じだが、BCG非接種国のイタリアだけが若干立ち上がりが遅いようだ。
ほら、簡単でしょ? 数行で終わる。
こちらの結論は、「BCG接種によって感染の立ち上がりが抑えられてはいない」となる。

ちなみに(グラフにある通り)その後の経過はBCG接種国のポルトガルが最悪で、元々非接種国のイタリアが一番まし。
普通に考えれば、BCG接種が有用とは思わなくない?


というわけで、今日僕が言いたいこと。
BCG接種が新型コロナウイルスに有効であるという確たる根拠はない。
「日本人はBCG接種をしているから大丈夫」
と信じ込み、警戒を怠るようなことがないよう、くれぐれも注意していただきたい。

このウイルスは手ごわい。
決して甘く見てはいけない。

 
大森氏の論文はこちら


EcFtzBfUcAcWzS6.jpg
恒例のフィナンシャルタイムズHPより。
ほら、アメリカだってほとんどの州で感染の立ち上がりは遅いでしょ?
ヨーロッパ並みの立ち上がりをみせたのは、ニューヨーク州とその周辺だけ。
BCG非接種国だって国・地域により状況はまちまちなのだ。


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鮮魚のカルパッチョ、スパニッシュ・オムレツなど。

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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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