嫌悪感が出たらその理由を考えると、自分に対する理解がちょっと深まる。


いとうせいこう氏と精神科医・星野概念氏との対談、“ラブという薬” を楽しく読んだ。
特に興味をもったのが、星野氏によるふたつの発言。

人の話を聞くことについて。

“p43
今、聞いていて思ったんですけど、やっぱり傾聴するってこと自体が、「YESの姿勢」っていうか、相手を論破しようとしていないんですよね。
でも、今ってなんとなく論破しないとカッコつかない感じになってきてるんじゃないですか。ツイッターとかですごいリツイートされているつぶやきを、自分のフォロワーに向かってバン!って出すことは、見えない誰かを論破している可能性がある。もちろん、論破することも時には必要なんだけど、非・論破的なものが少なすぎるんですね。“

本当に同感。
僕は議論で熱くなるのが嫌というか面倒なので、このブログにもコメント欄を設けていない。素性を明かした上でのメールだけを受け付けている。
最近始めたツイッターでは何度か議論に引き込まれたが、決して本意ではない。
新型コロナウイルスに関してだけは、いかんせん人命にかかわることだし、医師である以上少し上からの発信をしているが、その他のことに関してはできるだけ断定的にならないよう気をつけているつもりだ(そうでもない?)。


次に昨今、反射的に嫌悪を出す人が多いのでは、という話題で。

“p181
僕は嫌悪感が出てきたときって、自分を見つめ直すいい機会だと思うようにしています。「なぜイヤなんだろう? イヤだと思っている自分のまんまでいいのかな?」と考える。“

これは重要で、僕もできるだけ実践している。
とはいえアーリーリタイアした上にコロナ禍もあり、めったに人に会わないので、腹が立つとしたらテレビのコメンテーターくらいだけど(笑)。
イヤだなと思ったら、ます嫌悪感を覚えた理由を考え、正当性を探る。一応の正当性をみつけたら、それを膨らませる要素が自分になかったかと考える。
たとえば、その人に対する嫉妬はないか? あるいは自分の考えを否定されたような気持に勝手に陥っていないか?
もしそういう側面が垣間見えるようなら反省するし、微塵もなければそれは全面的に相手が悪いのだと決めつけることにしている(ハハハ)。
嫌悪感が出たらすぐにその理由を探る癖をつけると、自分に対する理解がちょっと深まるようだ。

ギスギスと尖った時代、精神安定剤のような本の果たす役目は大きそう。
「判定」ばかりの世の中に疲れ気味という人にはお勧めの一冊だ。






IMG_0928.jpg
コロナ騒動が始まった頃の一枚。


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内山 直

2016年、47歳でセミリタイア。地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で、遺伝が50%。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってきます!

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