トロッコ問題「1人を犠牲にしてでも5人を救う?」には深~い続きがあったのです。


今日取り上げるのは有名な思考実験である「トロッコ問題」。岡本裕一朗著「世界を知るための哲学的思考実験」をテキストに、僕がアレンジしたバージョンを紹介する。

事例1
「あなたは線路のそばを散歩していた。そのときトロッコが猛スピードで走って来るのに気づいた。線路の先には5人の人がいるが、逃げられそうもない。どうしたらいいだろうか。ちょうどそこにスイッチがあって、あなたがそれを引けば、電車の方向を変えることができる。ところが、あなたがそれをすれば、もう一方の線路にいる1人を殺すことになる」

このトロッコ問題は「ハーバード白熱教室」で大流行したマイケル・サンデルの「これからの正義の話をしよう」で有名だ。
しかしこれはサンデル氏のオリジナルではなく、それに先立つ議論が前提とされている。話はもう少し複雑なのだ。
ただし長くなるので、歴史的経緯はすっぱりと省略。皆さんにはこの思考実験の面白みだけを味わっていただく。
さて、この設問だと多くの人が「スイッチを引くべき」と答える。1人の命を犠牲にしても、5人の命を救うべきと考えるためだ(ただしアメリカ人とくらべ、日本人にはスイッチを引くべきでないという人が多いらしい。興味深い)。
皆さんの意見はどうだろう? まずはご自身の考えをまとめてから、次の事例を読んでほしい。

事例2
「あなたは線路を見下ろす歩道橋に立っている。その線路でトロッコが暴走していることがわかった。線路の先には5人の人がいるが、逃げられそうもない。どうしたらいいだろうか。そのとき、自分の横で太った男が下を覗き込んでいるのに気づいた。この男を突き落とせばトロッコは止まり、5人の命を救うことができる」

設定はちょっと無茶だが、そこはご容赦願いたい。
さて、この設定で「太った男を突き落とす」と答えた人はさすがに少ないと想像する。
でも考えてみてほしい。さっきの事例でも今回のものでも「1人の命を犠牲にして5人の命を救う」ことには変わりがないのだ。なのになぜ、今回のものでは肯定しにくいのだろうか?
これは1人を死なせる行為が、どの程度積極的なものかどうかで話は変わる、と説明可能だ。事例1では「1人を死なせる」という感じなのに対し、事例2では「1人を殺す」に等しい。そのような状況下では心理的ブレーキは大きくなって当然だろう。
では、事例1のほうが事例2と比べ、行動を起こす正当性は高い、そう考えていいだろうか?
結論を出すのはまだ早い。それなら、このような設定ならどうだろう?

事例3
「あなたは線路のそばを散歩していた。そのときトロッコが猛スピードで走って来るのに気づいた。線路の先には5人の人がいるが、逃げられそうもない。どうしたらいいだろうか。ちょうどそこにスイッチがあって、あなたがそれを引けば、電車の方向を変えることができる。ところが、あなたがそれをすれば、もう一方の線路にいる1人を殺すことになる。
さらにもうひとつの選択肢がある。あなたが線路に飛び込めばそれでトロッコが止まり、あなたの犠牲により全員が救われることになる」

さて、あなたならどうするだろう。
自分が犠牲になって6人を救う!という人は非常に少ないと思う。道徳はそうした自己犠牲を要求しないから、それを恥じる必要はない。
しかし問題はここからだ。この場合でもあなたは「スイッチを引いて5人を救い、1人を犠牲にする」という選択肢をとれるだろうか?
自分は生き延びることを選び、その上で違う線路上にいる1人が死ぬスイッチを引くとなると、とたんに行動へのハードルが上がってしまう人が多い。スイッチを引くことが1人を殺す行為だということが、より如実に実感できるからだろう。
となると道徳的正解は、「いずれの事例においても、5人を救う行動に出てはならない」という結論が導かれる。

もちろんこれこそ正解というわけではない。異論があってもいい。
思考実験として非常に興味深かったので紹介してみた。
ちなみにこの本ではトロッコ問題を皮切りに、「格差」「民主主義」といったテーマで複数の思考実験を紹介しており、充実した内容になっている。
一般的な思考実験の本より複雑な分、お薦めだ。




ちなみに僕、内山直は元医師で、2016年に47歳でアーリーリタイア。
本を出したり、こんなブログを書いたりしながら、地方都市で妻、3人の息子たちとゆるゆると生活している。ついでに自著の宣伝をば。


アーリーリタイア(早期リタイア)そのものや自由度の高い生き方に興味を持つ人に対し、幸福学や心理学の学術データを用いて、真の幸せとは何かと問いかけると共に、ファイナンシャル理論や行動経済学の観点から、必要な蓄財・運用術をできるだけわかりやすく紹介している。
生存率・貯蓄率・満足率・リスクリターン率という4つの「率」から、生涯を通してみた「幸せの確率」がどうすれば上がるのかを考察し、アーリーリタイアにひとつの答えがあるのではないか、とのアイディアを提起している。 停滞を始めた現代の資本主義社会で生きる我々が真に幸せに生きるにはどうすべきなのかを問う、新しい生き方の指南書……のつもり。


幸せに生きるための行動術や思考法を、幸福学、医学、心理学、哲学、伝統仏教といった幅広い分野から選び出し、その中から特に重要で比較的簡単に実行できる28のアイディアを紹介した。
毎日1つ、5分程度で読める分量の記事を読み、その内容を意識しながら1日を過ごすことによって、4週間後には幸福度の高い生活スタイルが身についているという、画期的な実践書……のつもり。

つもりばかりで恐縮だが、機会があればぜひ手に取ってみてほしい。



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妻作、チョコクッキー。

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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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