幸福の「資本」論 2

前回、橘氏の本には、弁解の余地も多々あるとはいえ、ふたつの大きな欠点があると書いた。
ひとつは、自著からの引用が多い、すなわち、同じことを繰り返し書く癖があるというもの。
この、幸福の「資本」論も、半分くらいは、以前に書いたものからの引用や焼き直しになっている。
僕自身は過去の本を何冊ももっているので、これだ重複が多いと、さすがに買おうという気にならない。
図書館で借りて、新しい部分に目を通すことができれば十分だ。

ふたつめの欠点は、「文献や有名な知見から都合のいい文章をひっぱってくるだけで、論文の趣旨を十分くみ取っていないようにみえることがある」というもの。
本書でも、例えば8ページでは、「遺伝子の目的は、宿主である私たちを幸せにすることではなく、ただひたすら自らの複製を増殖させることであり、ゆえに、ひとは幸福になるために生きているけれど、幸福になるようにデザインされているわけではない」と書いている。
僕も完全に同意する。
ところが185ページでは「幸福はひととのつながりからしか生まれない」と述べ、その理由を、「社会的な動物であるヒトは、家族や仲間と“強いつながり”を感じたり、共同体のなかで高い評価を得た時に幸福感を感じるような生得的プログラムを持っているから」としているのだ。
つまり、「遺伝子にそうデザインされているのだから、きっと幸せに繋がるはずだ」という論理で、これだと「遺伝子」と「幸福」について、8ページとは真反対の解釈をしているということになる。
1冊の本の中で、ここまでの矛盾はひどい。

ただ、だからこれが悪書かというと・・・。
いつも通りの橘節で、魅力に溢れている。
多少の論理矛盾があっても、ぐいぐいと引きつけられる。
この辺り、橘氏の作品はクセが強いというか、タチが悪いというか・・・。

この本の中で、橘氏は幸福の3つの条件をあげている。
1. 自由
2. 自己実現
3. 共同性=絆
だ。

この3つの条件は3つのインフラに対応しているとしていて、それは、
1. 金融資産(お金)
2. 人的資本(自らの労働力をお金に換算したもの)
3. 社会資本(周囲との関係性から得られる利益をお金に換算してもの)
となる。

これだけだとちょっとわかりにくいので、例を挙げてみると、1~3のすべてがないのが真の「貧困」、たとえ1、2がなくても、3だけを満たしていれば「プア充」、2も同時に手に入れると「リア充」の状態になり、逆に1しかもっていないのは、独身で、ろくに友人もいない「退職者」ということになる。
ここまでは合点がいくし、おもしろい。
でも、僕自身にあてはめるとどうだろう? と少し突っ込んで考え始めると、雲行きがあやしくなっていく。

1. 金融資産 → 大金持ちではないが、アーリーリタイアできるくらいはある。
2. 人的資本 → 今の活動から多少の収入は得ているが、大儲けできる可能性は少ないし、そもそも金のために動いているわけではないから、ほぼなし。
3. 社会資本 → 家族がいて、少数とはいえ仲のいい友人もいるので、これは、ある、と考えていいだろう。

となると、僕は1、3をもっていることになり、この本では、「旦那」と名づけられている。
橘氏によると、「気前よく財産をばら撒いてみんなの人気者になっているという感じ」だそうだ。
・・・ずいぶん、僕の実情と違う。
リタイア組の中のかなりの人はここに入ると思うので、それを旦那と名づけるのは、ちょっと無理がありそうだ。

さらに、人的資本の定義にもう少し踏み込んでみる。
本来の意味通り、「稼ぐ能力」を人的資本とするのなら、僕にはもはやほとんどないことになるが、橘氏はこの本の中で、人的資本を「自己実現」のための条件とも書いている。
となると、本を出したり、自分が興味あることに創造性をもって取り組んだりしている僕は、大した収入を伴っていないとはいえ、自己実現にむけて邁進している、つまり、人的資本は大いに「あり」となるのだ。
最初にあげた3つのインフラをすべてもっていることになるなる。
その状態を橘氏は、「その人の人生は超充実しているでしょうから、これを『超充』と名づけましょう」とした後、「しかしそれはおそらく不可能です」、と述べている。
金融資産が大きくなるとすべての人間関係に金銭が介在するようになり、友情は壊れていくから、金融資産と社会資本は原理的に両立不可能だというのだ。

?????????

僕のケースはやや特殊とはいえ、たとえば地方で成功している自営業者や中小企業の社長は、3つを併せ持っているケースが多いように思える。
金持ちの医者で、仕事にやりがいをもっていて、家族、友人に恵まれた人。
これだって「超充」だろうし、僕が知っている狭い範囲でも何人もいる。
不可能なわけがないと思うのだが。

という具合に、興味深い分類法ではあるものの、それによって人をカテゴライズしていくという試みはあまりうまくいっていないように思える。
一読では感銘をうけてもよくよく考えると辻褄が合わないというのは、橘氏の本によくあることで、故に僕は彼を「曲者」と評するのである。

次回、この本の肝の部分について感想を述べて書評を終えたい。

スポンサーリンク

内山 直

2016年、47歳でセミリタイア。地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で、遺伝が50%。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってきます!

自著の紹介

ツイッター(更新告知など)

ブログ・ランキング参加中

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

全記事表示リンク

プライバシーポリシー

検索フォーム