自分のために物を買えない僕が、最後にした晴れがましい買い物と言えば……


僕の貧乏性な性格と関連して、先日読み返した山口瞳のエッセイが興味深かったので引用する。
山口瞳「男性自身」傑作選(新潮文庫)から。昭和60年頃に書かれたものだ。

1600円のグローブは、おそらく中級品だろう。それでも私は非常に贅沢な買い物をしたように思った。ちょっと晴れがましいような気持ちになった。
店から外へ出て、戦後になって初めて自分のグローブを買ったことに気づいた。(中略)自分の稼いだ金で自分のグローブを買うという経験は、実は、案外に稀なことなのかもしれない。
(中略)私は何度か自分のグローブを買おうとした覚えがある。ずっとながいあいだ、その1600円が自由にならなかった。女房と子供と3人で銀座で食事をして映画でも見て、その代金総計が1000円という時代があった。一夜の飲み代が1600円ということもあった。だから、まるっきり1600円という金が浮かなかったというと嘘になるが、残念ながら、どうしてもグローブが買えなかった。
ひとつのことでいうと、あきらかに、それは私の吝嗇である。もうひとつのことでいうと、やっぱり、私はずっと長い間、自分の趣味のための散財を押さえていたことになる。
だから、生まれて初めて自分のグローブを手にしたとき、非常に贅沢をしたように思ったのである。また、買い物における晴れがましさというのも、これだろう。決してそれは金額の多寡の問題ではない。


この気持ち、本当によくわかる。
僕も自分の物のためにお金が使えない。腕時計は持っていない。携帯はガラケーだ。
趣味は水泳、ヨガなので、そもそもあまりお金がかからないが、水泳パンツやヨガマットも、一番安いものをかなり長く使っている。
それだけのお金がないわけではない。水泳パンツ一着分くらい酒場で平気で使ってしまう。
山口瞳が言うとおり吝嗇という面、また趣味のための散財を抑えてしまう心理と、両方の理由があるようだ。
それに加えて言えば、僕は「ある程度の我慢を強いられるほうが、幸福の度合いが高い」ことに、随分前から感覚的に気づいてもいた。それは近年、幸福学のデータからも実証されつつあり、自著 “幸せの確率” での主張を支える核のひとつとなっている。
エッセイはその後、こう続く。

私は40歳になった。従って、自分のグローブを使用する機会は、あと数えるほどしか残っていない。
40歳にしてグローブを買う。それが、もうひとつの奇妙である。そうしてまた、こうも思う。
「俺は、40歳になったから、自分のグローブを買えたのだ」

いいナ、と思う。
こういう消費態度こそが、人を幸せにするのだと僕は考えている。
めったに物を買わない僕が、最後に気分が晴れやかになるような買い物をしたのはいつだっただろう?
そう考えてもちっとも浮かばないあたりが、自分でもちょっと怖い。。。





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内山 直

2016年、47歳でセミリタイア。地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で、遺伝が50%。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってきます!

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