息子たちよ。気づいていないみたいだけど、父はもはや、さほどがんばってはいないのよ・・・父の日の感謝状に思う。


旧ブログより、3年前の記事。父の日について。

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先日の父の日、3人の息子たちからプレゼントをもらった。
父の日のプレゼントは毎年くれるわけではないので、全然予期していなかったし、そもそもその日が父の日だということすら失念していた。
だから、うれしいサプライズだった。
プレセントの内容は長くなるので省略するとして、今日書きたいのは、併せてもらった感謝状についてだ。

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スーパーにおいてあった既成のものを丁度いいと妻がもらってきて、息子たちがそこに僕の、そして自分たちの名前を書き加えただけの簡単なものだ。
全文はこのようになっている。

“感謝状
お父さんいつも私たちのために
がんばってくれてありがとう
これからも体に気をつけて
がんばってください”

妻子が寝静まった後で冷静に読み返すと、なんとも妙な感じがした。違和感の原因を探ってみると「がんばって」という言葉が2回も繰り返されていることに気づく。
いつも「がんばって」くれてありがとう。そしてこれからも「がんばって」ください、とは。どうやら父というものはひたすら家族のために「がんばる」存在であるようだ。
さらにこの文脈に、「体に気をつけて」という言葉が入ると、父の健康を案じる気持ちというよりも、
「体を壊したら、僕らのためにがんばれなくなるから」
と自分たち本位で言っているのでは、と勘繰りたくなるような文章だ。

僕自身は一昨年にアーリーリタイアしたから、もはや子供たちのためにさほどがんばってはいない。
だからこそ、この文章に違和感を覚えたのかもしれない。
では、もし今でもフルタイムで働いていたらこれを読んで、
「よし、これからもがんばらなくちゃ」
と素直に思えただろうか?と考えてみても、よくわからない。
ただ巷では、「子供がいるからがんばれる」という物言いもよく聞かれるのは事実だ。
だからこんなことで違和感を覚える僕の方が、やはり変わっているのだろう。

父とは、がんばらねばならないものなのか?
がんばればいいってものでもなかろうに、と変わり者の僕は思う。
肩の力を抜いた時に初めて気づく大切なものだってあるはずだ。

息子たちよ。
あまり気づいていないようだが、父は君たちのためにがんばって労働することを、2年とちょっと前にやめた。
日々の生活でがんばること自体がもはやあまりないし、たまにがんばるとしても、それは君たちではなく自分自身のためだ。
ある意味では怠惰であり、手前勝手であるかもしれない。
ただし君たちのためにがんばっていたころよりも、今のほうがずっと長い時間そばにいられる。
いっしょに遊べるし、勉強だってみてやれる。
はたしてそれでいいのか、それともやはり、がんばり続ける父こそが子供たちには一番なのか?

その結論が出るのは、もう少し先のことになりそうだ。
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もちろん今でも結論は出ていない。
息子たちもいずれ、自分が妙な家庭で育ったことに気づくんだろうな。



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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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