幼稚園の砂場では遊べない僕ら大人は、どこで人生に必要な知恵を学べばいいのだろう?


“人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ” という本がある。
名著として知られているらしい。
僕はその本を実際に読んだことがないが、自分の子供たちのことを考えたとき、それはその通りかもしれないと感じた。
砂場では、道具の貸し借りをする。
お互いに、ある程度相手のテリトリーを守らなければならない。
人の陣地を脅かす子は、嫌われたり、叱られたりする。
砂をかけるような暴力行為はもちろんだが、その意図がなくても、乱暴に遊べば周りに迷惑がかかり、やはり叱咤される。
多少の準備と、しっかりとした後片づけが必要なのは、これまた重要。
この本でどのように紹介されているのかは知らないが、確かに人生に必要な知恵が濃縮したものが幼稚園の砂場にあると言っても過言ではないと思う。

僕は5年と少し前、2016年の春にアーリーリタイアをした。
その前は、開業医として、ある程度の成功をおさめた。美容はやらない、それどころか、大がかりな機械が必要な医療は行わない。手術なんて、もちろんしない。
医院はこじんまり。
そんな状況で、県内有数の患者数を集めたのだから、それなりに誇っていいはずだ。
診断能力が高いのか?
正直に言って、そうでもない。平均的なレベルだと自分では思っている。
処方センスがいいのか?
これも正直に言うが、実はまあまあ、自信はある。ただ、自分で特別な薬を調合しているわけではない。
ほぼ全ての他の医師同様、製薬会社が販売している薬を、そのまま使っているだけだ。その条件の中で、処方薬の内容にそれほど差がでることもないだろう。
では、なぜ自院はそこまでの成功を収めたのか。
いくつかこだわった点はあるのだが、一番大きいのはきちんと患者さんを「人として」見たからだと思う。世の中にはいろいろなタイプの患者さんがいる。
しっかりとした説明をしてほしい人、その中でも理解力の高い人、あまり高くない人、科学的な説明が好きな人、噛み砕いた説明が好きな人、とがいる。逆に薬さえもらえれば、あまり長々と説明をしてほしくないという患者さんも実は多い。
若干の世間話があったほうがいい人と、それを嫌う人。そういった、患者さんによって異なる傾向を、短時間で見抜くのも、臨床医の仕事の一部であるはずだ。
診察の最後で患者さんに、「お大事に」と声をかけるとき、患者さんの表情を決して見逃さないよう僕は心がけてきた。そして診察室を去る時の患者さんの表情が、入って来た時よりもずっと緩んでいれば、その診察は成功だったととらえる。
同じ処方内容であっても、患者さんの気分次第で、効きは全然違ってくるはずだ。

では、そのような対人スキルを、僕はどこで培ったのか。
自分でもよくわからない面もあるが、おそらくはそれまでの人生における経験によるところが大きいのだと思う。
医学部ではもちろん教えてくれないし、医師になった後、医学書を何百冊読んでも、身につけられるものではない。
たとえば、山ほどの良書に触れた経験。バーテンダーを含めた、様々なアルバイトの経験。世界のあちこちを放浪した経験。
どれも、そう簡単には手に入らないものに聞こえるかもしれない。
でも、今の僕を培った一番の経験は、実はもっと身近なところにある。
それは酒場での経験だ。ひとりでふらりと酒場に入れば、いろいろな人と知り合う。
もちろん気の合う人ばかりではない。でも、たまにでも酒場をのぞけば、昼間の仕事を通じては決して知り合うことのないようなタイプの人とも、言葉を交わす機会が増えるのは確かだ。
短い時間で、一緒にいて楽しい相手かどうかを見極める。それがうまくできなければ、一晩つまらない話につきあわされたり、場合によっては絡まれたりするはめになるから、自然と観察眼が培われることになるというわけだ。
これはあくまでも、ひとりで、というのが前提条件になる。
仲間と酒場で語らうのももちろん楽しいが、それではおもしろい出会いは起こりにくい。
大人になってから、幼稚園の砂場にお邪魔するわけにはいかない。でも人生で必要な知恵の大抵のところは場末の酒場で学ぶことができる。
そう言ってしまっても、あながち過言ではないと、僕は考えている。

「おいおいオッチャン、砂場と酒場をかけたいだけで長々と自慢話をしたんかい!」 と、つっこんでいるアナタはとても正しい。
早くコロナ禍、終わらないかな。



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内山 直

2016年、47歳でセミリタイア。地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で、遺伝が50%。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってきます!

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