飲み友達は友達ではない!?って言われても……。


今週取り上げているのは、小池龍之介編訳「超訳 ブッダの言葉(ディスカバートゥウェンティワン)」。



今日は「友を選ぶ」から1本。

“心の改善を目指す友と出会えなかったら
もし君が、人生の道のりを歩むにあたって、
心の改善を目指す友に出会えないなら。
ともに心の成長に励める、そんな貴重な友に出会えないなら。
せっかく征服した国を惜しみなくさらっと捨てる王様みたいに、
ただ独りぼっちで歩むのが潔い。
まるでインド犀(さい)の頭に1本だけシャキンと突き出た角のように。“


ブッダの法話には、「つまらない友達ならいないほうがいい」という趣旨の言葉がたびたび出てくる。
これにはうなずける面もある。というのも、幸福学の研究でも、友達の数と幸福度とは関連がないとされているからだ。
一方で友達の中身のほうは重要で、ある程度バラエティに富んだ交友関係があったほうが幸せに結びつきやすいと考えられている。
だからブッダの言う通り、レベルの低い人とは付き合わず、ごく少数の、自分からみて尊敬できる人とのみ交友をもつほうが、幸せにもつながるのかもしれない。
ただ全面的にその通り、とも思えない。
そもそも立派な人ってどんな人だろう。
どんな人だって、いいところ、悪いところの両面をもっているから、僕には誰が立派で誰がそうでないのか、正しく判別する自信はない。
それにもし本当に立派な人に出会えたとしたら。
もちろん僕はお近づきになりたいが、その人の方が僕なんかと友達になりたいかどうかは、はなはだ疑問だ。

さらに、こんなところも。

“君よ、次の4つのポイントが揃っているような「財産を減らすきっかけになる友」は、実は友ではなく、友人もどきだと幻滅しておくように。
1.自分の内面を見張る感情コントロールを破壊する原因、すなわちアルコール類を飲みに行くときにばかり同行する。
2. 夜遅く、街に遊びに出かけるときにばかり同行する。
3. 映画やコンサートなどの、自分の内面から目をそらす娯楽に行くときにばかり同行する。
4. ドキドキ興奮して自分の内面を忘却してしまうこと、すなわち、ギャンブルをするときにばかり同行する。“


僕はギャンブルはしないが、友達と会う時はたいてい酒になる。
であれば僕には友人もどきしかいないし、彼らにとっても僕は友人ではないということになってしまう。
いやはや、困った(笑)。
そもそも男が友達と会うとき、酒以外に何があるのか?
ゴルフや麻雀といった共通の趣味でもない限り、酒場くらいしか行き先は思いつかないし、では趣味でつながっている相手をお互いに高め合う本当の友と呼ぶのかといえば、それも不思議な気がする。
一方、アンケート調査を統計処理したデータにおいて示されているのは、
「気心が知れていて、遠慮なく愚痴がこぼせるような友人が少しはいたほうが幸福度は高い」
という結論。
僕にはこのほうがしっくりくる。
正直な振る舞いといった数々の道徳的行いが、幸福度を上げることがわかってきているが、かといってあまり厳格になりすぎて、これが正義と肩ひじを張って生きるのでは、逆に幸福度は下がってしまう。
ふざけすぎもまずいけど、真面目すぎもダメ。
交友関係も含め、その辺は「中庸が一番」、というのが僕の意見だ。

最初に書いた通り、友人は多ければいいわけではないし、自分にネガティブな影響を与える人とはあまり付き合わない方がいいという考えには同意する。
でもあまり厳格なのも疲れる。
ブッダの時代と現代とではかなり環境が違うわけだから、ひとつそんなところで勘弁してはくれまいか、とひとりごちたところで、今日の記事はお終い。



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近所のフレンチレストランにて。

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内山 直

2016年、47歳でセミリタイア。地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で、遺伝が50%。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってきます!

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