五輪・小林氏の解任を考える~「世の中、これだけ博識で立派な人ばかりなら、そりゃ世知辛い世の中になるはずだよね」


昨日の続きで、東京五輪の開会式と閉会式のショーディレクターを務める小林賢太郎氏が解任された件について。
問題になった23年前のコント映像がこちら。
https://twitter.com/yumemiruhitzi/status/1418048124195467264

「こういう人の形に切ったのがいっぱいあるから」
「あー、あのユダヤ人大量惨殺ごっこやろうって言った時のな」
(ここで笑い)
「戸田さん怒ってたなあ。放送できるか!ってな」

まず文脈の上で、ホロコーストを肯定する要素はまったくみられない。
むしろ「当然やってはいけないこと」としてホロコーストを例示している。
客席で笑いが起こっているのは、本来なら重大問題であるホロコーストを、なんとも軽い流れで用いているからという面が大きいだろう。
つまり世界の歴史上まれにみる残虐な事件をこのタイミングもってくるからこそウケる、ブラックジョークなのだ。
(一部で『小林氏はホロコーストがなにかわかっていない』との批判があるが、まったくの的外れであるとわかる)。
コメディの形態は国によってずいぶん違う。
たとえば僕が若い頃住んでいたイギリスではかなりブラックなジョークが好まれる。モンティ・パイソンが有名だし、今活躍しているコメディアンでもジミー・カー氏なんかは無茶苦茶ブラックだ(日本のテレビでの放送は無理だろう)。
なぜそれらは許されて、小林氏のものはダメなのか。理由は簡単でホロコーストを強く連想させる言葉を使ったから。
欧米人にとってナチスやホロコーストは言葉にするのも汚らわしい出来事であり、よほど慎重な配慮がない限り、コメディなどで使用するのはご法度だ。
日本人の感覚でいうと、「原爆投下」や「東日本大震災」に近いと思う。
もし小林氏によるコントが「あー、あの広島・長崎原爆投下ごっこやろうって言った時のな」であったら、抵抗なく笑える人はほとんどいなかったはずだ。
理屈ではホロコーストも原爆投下も大量虐殺であり、同じように忌み嫌うべき人類の汚点だが、現実には洋の東西で、受ける陰惨さは感覚としてずいぶん違う。
当たり前だ。自分の住む街で一家惨殺事件があったときと、遠い見知らぬ国で似た事件があったときに同程度のショックを受ける人はまずいないだろう。
ホロコーストは多くの日本人にとって、遠い異国で起こった随分昔の話であり、その悲惨さゆえに、逆にフィクションめいた感覚を抱いてしまう人さえいそうだ。
現にコントの問題発言部分で客席から笑いが起きているのは、多くの客がネタに嫌悪感を覚えなかった証拠といっていいだろう。
逆に欧米人にとって、原爆投下はホロコーストほどは現実感がないので、つい口がすべってネタにしてしまう人もいる。
たとえばこれ。2012年の話だから小林氏のコントよりずっと最近の出来事。
http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/7541-comedians.html

スティーブン・フライ 「世界で一番不幸な男の何が幸福なんだと思う?(略)えーと、この人は見方によって、最も幸運だとも言えるんだ(略)。彼の名前はツトム・ヤマグチ。2010年に93歳で亡くなっている。ずいぶん長生きだったから、それほど不運だったとも言えないね(略)。
他の出演者 爆弾がその人の上に落ちて、跳ね飛んだとか(会場に笑い)」
スティーブン・フライ 「この人は原爆が爆発したときに商用で広島にいて、ひどい火傷を負ったんだ(略)。次の日、彼は汽車に乗った。ということは、驚いたことに、原爆が落ちた翌日なのに鉄道は動いていたわけだよ。なので彼は長崎へ汽車に乗って、そこでまた原爆が落ちたんだ(会場に笑い)」
スティーブン・フライ 「彼は称えられ、ある種の英雄のように扱われた。でも2度被爆した人としてようやく正式に認定されたのは、90年代になってからだった(略)」
他の出演者 「要はあれだね、杯が半分空だと言うか半分入っていると言うかで。でもどちらにしても、放射能を浴びているわけだ。だから、飲んじゃダメだよ。(会場で笑い)」


下記は東日本大震災での原発事故をネタにしたジョーク。偶然にも同じく2012年。
https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2012/10/16/kiji/K20121016004341620.html

フランス国営テレビ「フランス2」が放送した情報バラエティー番組で、サッカーのフランス代表と対戦した日本代表のGK川島永嗣に腕が4本ある合成写真を映し、司会者が「福島(第1原発の事故)の影響ではないか」とやゆする発言をしていたことが分かった。

いずれも問題化され、謝罪に追い込まれている。
その後SNS人口が急激に増加したこともあり、この手のジョークは許されないとの風潮がさらに強まったようにみえる(繰り返すが、小林氏のコントはこれらより14年も前のものだ)。
ここで僕が強調したいのは、欧米人にとって「原爆」「東日本大震災」は「ホロコースト」より感覚的には軽く、日本人にとってはその逆だということ。
そのような「考えれば誰でもわかるレベルの現実要素」を加味せずに、「コントでの言葉を『原爆投下惨殺ごっこ』にしたら笑えないだろ!」といった糾弾するのは、物事を一面からしか捉えていない気もする。
また、これらの冗談は放射性物質の残酷さを踏まえた上で笑いにする内容であり、小林氏がコントで「ごっこネタにして怒られた」という流れでホロコーストを持ち出したこととは違う次元で悪質であることも申し添えておきたい。

ご存じの通り欧米人はこの手の倫理に厳しい。しかし彼らの方が倫理的に優れているわけではない。強盗だって殺人だって日本よりずっと多い。
歴史的、文化的に軋轢が生じやすいため、それを避けるために様々な「不文律」が「明確化」されているにすぎない面もある。
虐殺をネタにしてもいいが、「ホロコースト」「原爆」といった具体的なものはダメ。あらゆるものを賭けの対象にすると言われるイギリス人だが、「戦争」に関しての賭けはダメ。
いい線引きだと個人的には思う。
しかしそれらの欧米発のルールを日本人も同じくらい厳密なレベルで共有すべきかと問われれば、首を傾げざるをえない。
もちろん政治家や、国際的に活躍している人は世界標準のポリティカル・コレクトネスを積極的に学び、身につける必要があるだろう。
しかし国内で活動し、日本語で表現をしている場合でも、そこまで高い意識が要求されるべきなのだろうか?
先程も少し触れたが、時代背景も考えてほしい。1998年、今から四半世紀前の話だ。
その頃はまだ島崎俊郎だって「アダモちゃん」をやっていたと記憶している。いい悪いの問題ではなく、そういう時代だったのだ。
今現在の人権団体が見たら卒倒しそうな芸だ(利口ぶる意図はないが、僕はこのネタを面白いと思ったことはない)。

今回の事態には様々な問題が内包されている。
・表現の自由はどこまで許容されるべきか
・過去の言動はいつまで問題視されるべきか
・批判する際には発言当時の時代性を十分加味しているか
・西洋社会が主導する形ですすんでいるグローバルなポリティカル・コレクトネスは西洋文化圏以外でも絶対視されるべきか
・笑いの文化による多様性を理解する努力はなされているか(前述したジミー・カーのネタはブラックすぎて多くの日本人にとって受け入れるのが難しいと思うし、一方で日本の笑いは『ナンセンス色』が強く、海外からは賛否両方の意見が聞かれる)
・批判的コメントを出したユダヤ系人権団体の活動に過剰な面はないか
・日本人は欧米からの批判にはすぐにひれ伏し、アジアからの批判には逆に居丈高になる傾向はないか

とはいえ解任はやむを得ない判断だったと僕も思う。
オリンピックはなんといっても国際的イベントであり、人権を理由にしたクレームがきた場合、それを弁護するのは非常に難しいご時世だ。
そもそもこのコントが、欧米で多い「政治風刺を取り入れたコメディ」とはまったく違う種類のつくりであることを理解してもらうという初歩的なステップでさえ、相当時間をかけない限り無理だろう。
しかし僕は上で羅列した理由から釈然としない思いを抱いているし、昨日書いた「問題化された経緯」に関しても大いに不満だ。

そしてマスコミでもSNS上でも小林氏を断罪する意見一色で、擁護する声がほとんどないのが不思議でならない。
皆、笑いにおける文化的差異を本当に理解しているのだろうか?
時代性は踏まえているだろうか?
一見わかりやすい、しかし言葉尻を捉えただけのことも多い欧米式論調に染まり過ぎてはいないか?
そして小林氏を切り捨てる人たちは、彼を糾弾できるような立派な人生を送ってきたのかね?
僕自身の過去を振り返れば小林氏に石を投げられるような正しい行いばかりではなかったし、表現を愛する者のひとりとして、小林氏へは同情を禁じ得ない。

世の中立派な人ばかりというのも、なんか生きづらいね。




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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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