アーリーリタイア後によく聞かれるとされる 「仕事をしないと退屈しませんか?」 という質問について


「仕事をしないと退屈しません?」
あるいは、
「開業医だった頃に戻りたくはなりませんか?」
と、よく聞かれる。

・・・というのは、嘘だ。
冒頭から嘘をついたってしょうがないのだが、そんな嘘でも書きたくなるくらい、誰もそういった質問をしてくれない。
故・中島らもが好きで、小説やエッセイは、ほぼすべてもっているが、その中で、まだ中島らもが若かったころ、仕事を辞めたときに、
「ぶらぶらしていて楽しいのなんて最初だけ。すぐに仕事に戻りたくなるから」
と、周囲から散々言われたというエピソードがあった。
結局、中島らもは無職生活を楽しみ、仕事に戻りたくなどまったくならなかったが、半年後、蓄えも底をつき、妻子を養うために社会復帰せざるをえなくなる。
これを読んだ時は確かまだ20代だったと思うが、
「そうかあ。仕事をしないでいると、じきに戻りたくなる人が多いのかあ」
と興味深く感じたことを憶えている。
記憶に残っているというということは、そのことが意外であったということ、つまり僕は当時から「仕事なんてしないですめば一番いい」と感じていたことになる。
意識していなかっただけで、アーリーリタイア願望はあったのだと推測できるし、僕が当時からある面では吝嗇であったことは、その辺の心理も影響を及ぼしていたのかもしれない。

話が逸れた。
若い頃に読んだ中島らもによるエッセイの影響から、僕はアーリーリタイア後、
「そろそろ仕事に戻りたくなったでしょう」
と折に触れ言われることを予想していたのだが、実際にはまったく聞かれることがない。
なんでだろう?
まず考えられるのは、僕の周りにいるのはほぼ家族や友人ばかりである、というバイアス。
僕と仲良くなるくらいだから、僕の周りの人たちも多少変わったところがあるのかもしれない。
だから世間一般の人たちのようなリアクションをしてこない、という可能性は大いにあると思う。
もうひとつは、時代が変わったという可能性。
中島らもが無職生活を謳歌していたのは1970年代のはずだから、半世紀近くも前ということになる。高度成長期よりは後だが、バブルよりは前の時代にあたる。
この頃は今ほど価値観が多様化していなかったはずで、それこそニートどころか、フリーターという言葉もなかった。
若い者が定職にもつかずに日々を送ることの異端の度合いは、今とは比べものにならないくらい大きかったであろうことは容易に想像できる。

そう考えると、僕はいい時代に生まれてきたのかもしれない。
たとえ後ろ指を指されても、僕のことだから大して気にしたりはしないだろうが、それでも一々同じ返事をするのを面倒に感じたり、意に沿わない言い訳をしたりせずにすむのであれば、それに越したことはない。
フリーターといった言葉もさえなかった時代の大人たちは、どんな気持ちで人生を送っていたのだろうか?
強い閉塞感を覚えていた人もいるはずだ。
でも経済成長に支えられながら、終身雇用制度と年金制度にしっかり守られてもいたから、多くの人にとってはむしろ生きやすい時代だったのかもしれない。

「仕事をしないと、退屈しない?」
そんな疑問が、つい口をついて出てきた時代と、そうではなくなった現代。
個々人によって嗜好が違うから、どちらがいい時代であるのか、一口で結論づけるわけにはいかなそうだが、僕はもちろん今がいい。
いくら安定していても、人の価値観に不寛容な社会は生きていて息がつまりそうだ。

皆さんはどちらの時代を好むだろうか?
そして、その答えはおそらくそのまま、アーリーリタイアの適正へとつながることだろう。






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これはレストランでの写真。カルボナーラ。

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内山 直

2016年、47歳でセミリタイア。地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で、遺伝が50%。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってきます!

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