ぼくがいるよ


旧院長ブログから転載。7年前のお話しです。

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ぼくがいるよ

日本語大賞、という賞があるのをご存じでしょうか?
これは、NPO法人、日本語検定委員会が年に一回実施している作文・エッセイのコンクールで、小学生の部、中学生の部、高校生の部、一般の部の4つにわけられています。
先日、第5回の同賞の発表があり、受賞作のうち、小学生の部の受賞作品が新聞紙上に掲載されているのを、たまたま目にしました。
これが、実に素晴らしい! まさか小学生の作文を読んで、涙する日が来ようとは思いませんでした。この作品をより多くの人に呼んでいただきたいと思い、全文を掲載させていただきます。

ぼくがいるよ
(千葉県 富津市立富津小学校 四年 森田悠生君)
お母さんが帰ってくる!
一ヶ月近く入院生活を送っていたお母さんが戻ってくる。お母さんが退院する日、ぼくは友だちと遊ぶ約束もせず、寄り道もしないでいちもくさんに帰宅した。久しぶりに会うお母さんとたくさん話がしたかった。話したいことはたくさんあるんだ。
帰宅すると、台所から香ばしいにおいがしてきた。ぼくの大好きなホットケーキのはちみつがけだ。台所にはお母さんが立っていた。少しやせたようだけど、思っていたよりも元気そうでぼくはとりあえず安心した。「おかえり」 いつものお母さんの声がその日だけは特別に聞こえた。そして、はちみつがたっぷりかかったホットケーキがとてもおいしかった。お母さんが入院する前と同じ日常がぼくの家庭にもどってきた。
お母さんの様子が以前とちがうことに気が付いたのはそれから数日経ってからのことだ。みそ汁の味が急にこくなったり、そうではなかったりしたのでぼくは何気なく 「なんだか最近、みそ汁の味がヘン。」 と言ってしまった。すると、お母さんはとても困った顔をした。
「実はね、手術をしてから味と匂いが全くないの。だから、料理の味付けがてきとうになっちゃって ・・・」 お母さんは深いため息をついた。そう言われてみると最近のお母さんはあまり食事をしなくなった。作るおかずも特別な味付けが必要ないものばかりだ。 
しだいにお母さんの手作りの料理が姿を消していった。かわりに近くのスーパーのお惣菜が食卓に並ぶようになった。そんな状況を見てぼくは一つの提案を思いついた。ぼくは料理が出来ないけれどお母さんの味は覚えている。だから、料理はお母さんがして味付けはぼくがする。共同で料理を作ることを思いついた。
「ぼくが味付けをするから、一緒に料理を作ろうよ。」 ぼくからの提案にお母さんは少しおどろいていたけど、すぐに賛成してくれた。「では、ぶりの照り焼きに挑戦してみようか」 お母さんが言った。ぶりの照り焼きは家族の好物だ。フライパンで皮がパリッとするまでぶりを焼く。その後、レシピ通りに作ったタレを混ぜる。そこまではお母さんの仕事。タレを煮詰めて家族が好きな味に仕上げるのがぼくの仕事。だいぶ照りが出てきたところでタレの味を確かめる。「いつもの味だ。」 ぼくがそう言うと久しぶりにお母さんに笑顔が戻った。
その日からお母さんとぼくの共同作業が始まった。お父さんも時々加わった。
ぼくは朝、一時間早起きをして一緒に食事を作るようになった。
お母さんは家族をあまり頼りにしないで一人でなんでもやってしまう。でもね、お母さん、ぼくがいるよ。ぼくはお母さんが思っているよりもずっとしっかりしている。だから、ぼくにもっと頼ってもいいよ。ぼくがいるよ。
いつか、お母さんの病気が治ることを祈りながら心の中でそうくり返した。(了)


どうです? 素晴らしい作文だと思いませんか?
私は医師という立場上、数多くの患者さんに接していますが、患者さんたちが家でどのようにがんばっているのか、どのようなサポートを家族や周囲の人たちからうけ、それにどれだけ励まされているのかというようなことは、なかなかうかがい知ることはできません。病気をどうしても医師の目線から、重症度や難治度という枠でのみ考え、そこで完結してしまいがちです。
でも患者さんそれぞれ、病気に関してはいろいろな思いや経験を重ねていらっしゃるわけですよね。そういった当たり前のことを改めて思い知らされ、曇りがちだった目から鱗が落ちる思いでした。
お母さんの味覚、だんだんよくなるといいけれど。
 これはぜひ家族にも読ませたいと思い小学校3年生の長男に
「ここ、読んでごらんよ」
と指し示すと、すぐに
「ええっ? 新聞なんて、読めないよ」
とのつれない返事。
「新聞の記事じゃないよ。小学校4年生の子の作文が載っているんだ。すごくよく書けているよ」
そう水を向けると、自分と年が近いせいもあってか、長男は興味をもったようで、紙面に覆いかぶさるようにして作文を読みはじめると、やがてゆっくりと体を起こして言いました。
「うん、本当だ。いいお話だねえ」
「だろ?」
息子が作品を理解してくれたことがうれしくて、思わず笑みが浮かび、さらに余計な一言が口をついて出ました。「お前もこういった作文を書けば、賞を取ったり、表彰されたりするんだぞ!」
もちろんこれは冗談。単にからかったつもりだったのですが、「賞」 とか 「表彰」 という言葉に目のない、お調子者の長男は、腕を組んで真剣に考えはじめました。ひょっとして、作文にしたいテーマでもあるのかな、と思いながら様子をみていると、長男はかぶりを振りながら言いました。
「でもそれにはまず、お母さんが入院してくれないとなあ」
そういう問題じゃない! 頼むから縁起でもないこと言わないで!
作文というものを、いまだにきちんと理解していない様子の長男も長男ですが、考えてみれば無茶なはっぱのかけ方をした私も私。そう簡単に到達できるレベルではないのは端から明らかですし、そもそも息子に言う前に、自分がもうちょっとちゃんとした文章を書けよって話ですよね (笑)。
森田君を目標に、これからも本欄をがんばりますっ!

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これから5年後、高校1年生になった森田君がインタビューを受けています。ご興味ありましたら。
https://www.nihongokentei.jp/grandprize/anniversary_10th/article/01/index.html




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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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