ノルウェイの森ではなくノルウェイ製の家具? それとも下ネタ? ビートルズの名曲を巡る論争があるって、知ってましたか?

村上春樹著「雑文集(新潮社)」の中にとびきりおもしろいエッセイがあった。
タイトルは「ノルウェイの木をみて森を見ず」というもの(タイトルもまた、うまいなあ)。



ビートルズの名曲「ノルウェイの森(原題;NORWEGIAN WOOD)」において、「NORWEGIAN WOOD」は何を意味するのかというのがテーマだ。
多くの人は知っていると思うが、村上春樹の同名の長編小説はビートルズのこの曲を題材にしている。
ノルウェーの森は実際に聴けば知っている人がほとんどだと思うが、歌詞まで熟知している人は少ないと思うので、まずは英詩を紹介し、僕なりの日本語訳も併記してみる。

NORWEGIAN WOOD (This Bird Has Flown)
By John Lennon and Paul McCartney

I once had a girl
Or should I say she once had me
She showed me her room
Isn't it good, Norwegian wood

以前に女の子をひっかけた
いや、彼女が僕をひっかけたと言うべきかな
彼女は部屋へ案内してくれた
なんとも素敵な、ノルウェイの森じゃないか?

She asked me to stay
And she told me to sit anywhere
So I looked around
And I noticed there wasn't a chair

彼女は僕に泊っていってと言って、
好きなところに座るよう加えた
そこで部屋を見渡したら、
椅子がないことに気がついた

I sat on a rug, biding my time
Drinking her wine
We talked until two
And then she said, "It's time for bed"

僕は敷物に腰をおろし、ワインを飲みながらチャンスを待った
2時まで会話したところで、彼女は言った。
「もう寝る時間だわ」

She told me she worked in the morning
And started to laugh
I told her I didn't
And crawled off to sleep in the bath

彼女は、明日は朝から仕事と言うと、笑いだした
僕は仕事はないと告げたけど、仕方がないから浴室で寝た

And when I awoke I was alone
This bird has flown
So I lit a fire
Isn't it good, Norwegian wood
 
翌朝、目が覚めると僕ひとりで
小鳥は飛んで行ってしまっていた
そこで僕は暖炉に火を入れた 
なんとも素敵な、ノルウェイの森じゃないか?


なぜいきなり「ノルウェイの森」が出てくるのか?
以前から不思議ではあったが、そこが幻想的でいいのだと単純に解釈していたし、goodとwoodで語呂もいいから、こんな言葉が入ったのかもしれないな、とも思っていた。
ところがこのNorwegian woodは、実はノルウェイの森ではなく、「ノルウェイ製の家具」だという説があるというのだ。
となると冒頭の歌詞はこうなる。

“以前に女の子をひっかけた
いや、彼女が僕をひっかけたと言うべきかな
彼女は部屋へ案内してくれた
なんとも素敵な、北欧家具じゃないか?“


確かに歌詞の辻褄は、「ノルウェイの森」と訳すよりも合いやすい。
でも、これではせっかくの幻想的な雰囲気が、ぶち壊しになってしまう。

この論争に対する村上春樹の主張を、冒頭で紹介した著書から抜粋する。

“僕が読んだかぎりにおいては、その「ノルウェイ製の家具」説についての正確な根拠は明確には示されていない(「アメリカ人は知らないかもしれないが当時イギリスで Norwegian Wood といえば北欧家具のことだったんだ」という程度の一般的事実が示されているだけだ)。
(中略)
翻訳者のはしくれとして一言いわせてもらえるなら、Norwegian Wood ということばの正しい解釈はあくまで<Norwegian Wood>であって、それ以外の解釈はみんな多かれ少なかれ間違っているのではないか。歌詞のコンテクストを検証してみれば、Norwegian Wood ということばのアンビギュアスな(規定不能な)響きがこの曲と詩を支配していることは明白だし、それを何かひとつにはっきりと規定するという行為にはいささか無理があるからだ。(中略)もちろんそのことばがことば自体として含むイメージのひとつとして、ノルウェイ製の家具=北欧家具、という可能性はある。でもそれがすべてではない。もしそれがすべてだと主張する人がいたら、そういう狭義な決めつけ方は、この曲のアンビギュイティーがリスナーに与えている不思議な奥の深さ(その深さこそがこの曲の生命なのだ)を致命的に損なってしまうのではないだろうか。それこそ「木を見て森を見ず」ではないか。Norwegian Wood は正確には「ノルウェイの森」ではないかもしれない。しかし同様に「ノルウェイ製の家具」でもないというのが個人的な見解である。“


この意見に僕は、完全に同意する。
ノルウェイの森にせよ、北欧家具にせよ、絶対にこっちだとこだわると、この曲のよさが台なしになってしまうように思える。
時にはあえて決めつけないことも、大切なのではないだろうか?
なんといってもこれは「詩」であり、「説明文」ではないのだから。

興味をもってさらにネットで調べたところ、Nowregian Wood はノルウェイ産の木材だ、との意見もあった。
案内された彼女の家自体が、ノルウェイの木材で造られていたのでは? というのだ。これもまた興味深い。
となると最後の歌詞はこうなる。

”翌朝、目が覚めると僕ひとりで
小鳥は飛んで行ってしまっていた
そこで僕は火をつけた
なんとも素敵な、ノルウェイ産の木材じゃないか?”

Nowregian Wood をノルウェイの森と考えれば、I lit a fire は「暖炉に火を入れた」になるが、もしそれがノルウェイ産の木材を意味するなら、その家自体に火をつけたと解釈するほうが自然になる。
その考えに立って、さらに意訳すれば、最後の一行は、

“さすがノルウェイ産の木材、見事な燃えっぷりじゃないか?”

となり、歌詞から幻想性は消え、かなり暴力的な雰囲気になるのだ。
でも、させてもらえなかった腹いせに放火って、そんなビートルズソング、あり???

う~ん、難しいし、おもしろい。
ここで村上春樹のエッセイに戻ると、この歌詞について、ジョン・レノン自身が何て言っているのかを調べた上で、紹介している。

“「プレイボーイ」誌のインタビューの中でジョン・レノンは Norwegian Wood について次のように語っている。「この曲で僕はすごく用心深く、パラノイアになっていたと思う。当時他の女性と関係があることを妻に知られたくなかったからね。実際に僕はいつもだれかと不倫していたんだけど、曲の中ではそういう色事をうまくぼかして描こうとしていたんだ。(中略)これは誰との情事だったか忘れてしまった。いったいどうやってNorwegian Woodっていう言葉を思いついたのかわからない」”


もしこれが本音ならば、ジョン・レノン自身が Norwegian Wood という言葉に、明確なイメージをもっていなかったということになる。であれば、ノルウェイの森と訳すことも、北欧家具と訳すことも、どちらも正確ではなく、<Norwegian Wood> と呼ぶしかないということになる。
最後に村上春樹は、もうひとつの説を紹介してこのエッセイを締めくくっている。これが無茶苦茶おもしろかったので、ちょっと長いが略さずに紹介する。

“この、Norwegian Wood というタイトルに関してはもうひとつ興味深い説がある。ジョージ・ハリソンのマネージメントをしているオフィスに勤めているあるアメリカ人女性から、「本人から聞いた話」として、ニューヨークのとあるパーティーで教えてもらった話だ。
「Norwegian Wood というのは本当のタイトルじゃなかったの。最初のタイトルは“Knowing She Would”というものだったの。歌詞の前後を考えたら、その意味はわかるわよね?(つまり、”Isn’t it good, knowing she would?” 彼女がやらせてくれるってわかってるのは素敵だよな、ということだ) でもね、レコード会社はそんなアンモラルな文句は録音できないってクレームをつけたわけ。ほら、当時はまだそういう規制が厳しかったから。そこでジョン・レノンは即席で、Knowing She Would を語呂合わせで Norwegian Wood に変えちゃったわけ。そうしたら何がなんだかわかんないじゃない。タイトル自体、一種の冗談みたいなものだったわけ」。
真偽の程はともかく、この説はすごくヒップでかっこいいと思いませんか? もしこれが真実だとしたら、ジョン・レノンって人は最高だよね。”


この説が真実であったとしても、僕はまったく驚かない。
というのもジョン・レノンはそもそも、こういう言葉遊びが好きで、たとえば「Lucy in the Sky with Diamonds」という曲は、頭文字をとってLSD、つまり麻薬でトリップしたときのことを書いた歌だとされている。
歌詞はというと、

“Picture yourself in a boat on a river
君が川で、ボートに乗っているのを思い浮かべてみなよ
With tangerine trees and marmalade skies
みかんの木とマーマレードの空もある
Somebody calls you, you answer quite slowly
誰かが君を呼び、君はゆっくりめに返事をする
A girl with kaleidoscope eyes
そこには万華鏡の目をした女の子がいるんだ“

という感じで、LSDによる幻覚そのままという内容になっている。
しかも、ここまであからさまであるのにも関わらず、ジョン・レノンはこの曲がLSDによる幻覚をモチーフにしていることをインタビューでは否定している。
つまりジョン・レノンは、この手のおふざけが好きなのに加え、そのネタを明かすことは好まないのだと推測されるのだ。
であれば"Norwegian Wood"が "Knowing She would"であり、そのことをジョン・レノンが明かさなかったとしても、それは実に彼らしいということになる。
「わかる奴にだけわかればいい。ネタをばらすような、無粋なことはしないよ」
そう言って天国で舌を出しているように思えてならない。

ちなみに、”Norweigian Wood” を ”Isn’t it good, knowing she would?” に置き換えると、歌詞の冒頭はこうなる。

“以前に女の子をひっかけた
いや、彼女が僕をひっかけたと言うべきかな
彼女は部屋へ案内してくれた
相手がやらせてくれるってわかっているのは、素敵だよね“

いやはや、ひどい詩だなあ ┐(-。ー;)┌
あんまりしつこく追及すると、こうなってしまう。
やはり村上春樹が言っているように、「アンビギュアスな響き」を大切にすべきなんだろうな、きっと、というのが今日の結論。


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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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