空港検疫をPCRに戻したってすり抜けが半分以下になるわけじゃなさそうですよ


「#空港検疫をPCRに戻して下さい」とのハッシュタグがSNS上で多くみられるようになった。
日本での空港検疫が現在、定量抗原検査で行われていることに対する抗議のようだが、わかって発信しているのかは大いに疑問だ。
検疫検査をPCRに戻すメリットがどの程度あるのかを解説したい。

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上の図は新型コロナウイルスに感染してからのウイルス量変化を示したグラフ。
感染してからまもな体内のウイルス量は急激に高まり、5日後くらいをピークに徐々に減少していく。その後、感染10日から2週間でほぼ周囲にうつすことはなくなると考えられている。
図右下にある高感度検査はPCR、低感度検査は空港で使われている「定量」抗原検査よりさらに感度が低い「定性」抗原検査にあたる。
検出に必要なウイルス量をRNAコピー数に換算すると、PCRでは数コピーで検出できるのに対し、定性抗原検査では10の3乗、つまり1000コピー程度必要になる(ちなみにこのライン以下では周囲への感染性はほとんどない)。
これだけ聞くと大変な差に感じると思うが、同じ事象を感染からの時間軸でチェックしてみよう。
検出できる期間はPCRの方がはるかに長いが、ほとんどの場合は黄色線部、すなわち体内ウイルスの減少過程ですでに感染性に乏しい時期にあたる。
肝心なのは赤部分、すなわち今後ウイルス量が増え感染性が生じるがPCRでないと検出が難しい期間で、定性抗原検査でもせいぜい1日程度と考えられている。この頃、ウイルス量は急激に増加するため、時間で考えるとかなり短期間ですむのだ。
実際に空港で使われている「定量」抗原検査の感度については報告によって差があり、「RNAコピー数換算で100あれば十分」というものから「500程度必要」というものまでまちまちだが、定性抗原検査よりは感度が高いと考えて間違いない。
すなわち定量抗原検査の感度は上図の「低感度検査」と「高感度検査」の間のどこかにあることになり、問題となる赤字期間の長さは図のそれより短い概ね半日程度であることがわかる。
空港検疫を定量抗原検査からPCRに戻したところで、新たに検出できるのは例えば「感染してから4日以上4.5日以下」といった、きわめて限局的な例に限られるのだ。
もちろん感度を上げる意義がないとはいわない。すり抜けは多少減るだろう。しかし感染症対策上で問題となるすり抜けが例えば半分以下になるようなことは非常に考えにくい。
PCRだって感染後3-4日たつまでは検出が難しく、出発した空港や飛行機内での感染に対してはほぼ無力なのだ。
空港の定量抗原検査をすり抜け、隔離中のPCRで感染がわかったケースでは、決まって「ほら、PCRじゃなきゃだめなんだ」との意見が出てくるが、それが見当違いであることがわかっていただけると思う。
感染初期では数日間で検出ウイルス量が数千倍、場合によっては数百万倍に急増するため、逆に最初にPCR検査ですり抜け、数日後に抗原検査でみつけることだって十分ありうるわけだ。

それでも感度をあげることには意味がある! と考える人も多いだろう。
しかし同時にPCRのデメリットも考えてほしい。
PCRは抗原検査に比べ、検査時間が長く、検査技師にそれなりの技術が必要とされるというデメリットがある。
ラボに検体をまとめ、1日数回PCRを回すのとはわけがちがう。空港では1日24時間到着便があり、その都度対処しなければならない。
操作が容易で判定までの時間が短い定量抗原検査で行うメリットは決して小さくないはずだ。
感染拡大初期、空港でのPCR検査が追いつかず、入国できない人たちのために簡易ベッドが大量に置かれたのを記憶している人も多いだろう。
長旅で疲れながら到着した人たちは、感染防備がどうしても疎かになる。世界中からの到着者が集まる到着ロビーは当然ハイリスクだ。
検査で長く待たされた挙句ここで感染した場合、3日間程度の施設隔離ではたとえ施設での検査がPCRでもすり抜けてしまう例が続出してしまう。
入国前の検査をスムーズに行うメリットは非常に大きい。
ちなみにこちらは北海道大学からのプレスリリース。使いようによっては定量抗原検査がいかに効率的かがわかる。
https://www.huhp.hokudai.ac.jp/wp-content/uploads/2021/05/release_20210519.pdf

「感染拡大初期ならともかく、今ならPCRでも対応できる!」という意見もある。
それについて僕は「わからない」と答えるしかない。もちろんあなたにも「わからない」はずだ。
PCRと比べ定量抗原検査では、実際の空港での運用がどの程度楽になっているのかも「わからない」。実際のところは実務に当たっている人たちに聞いてみるしかない。
容易にPCRに切り替えられるようならすればいいと僕も思うが、そうしないところをみると簡単な話ではないのかなと推測している。
さらによくあるのが「他の国はできているじゃないか!」という意見。
僕が調べた範囲では、入国審査前に検査を終えている国は稀なようだ。
空港で検体を採取し、結果がわからないまま入国を許され、隔離施設到着後に結果を受け取るのが一般的で、これだと検査陽性者と非陽性者をわけるのが日本のやり方より遅れてしまう。
いいことばかりではないのだ。
もし諸外国が水際ですばらしい検査をしているのなら、なぜ日本より先に変異株の市中感染が増えているのだろう?
日本でもオミクロン株の報告は多いがほぼ水際で捉えられているし、国内での感染状況も小康状態のままたもたれているのだから、水際対策がある程度機能していると考えるのが普通だろう。

では水際対策の強化はどうやったら実現できるのか?
僕が以前から主張している通り、最も重要なのは厳密な隔離期間。これを3週間以上とれば検査などしなくてもほぼ侵入を防ぐことができる。
その期間を短縮したければ隔離中に複数回検査を行えばいいし、隔離中の検査は時間に余裕があるのでぜひ感度が高いPCRで行ってほしい。
このように全体像を捉えてみれば、入国時の検査がPCRか定量抗原検査かなど些末な問題にすぎないのだ。

別に定量抗原検査に個人的な思い入れがあるわけではないから、PCRでも機能するのなら変えればいい。
感情的になる必要はない。どちらであれしょせんは「道具」にすぎないのだから、知恵を絞って便利に使おう。
PCR検査のほうが定量抗原検査よりはるかに高感度、は一見すると正しい。
しかし「PCR検査にすればオミクロン株が入って来る可能性はかなり低くなる」ともし考えるようなら、それはあまりにも近視眼的な思考だよと忠告した上で、今日の記事はお終い。

追記)
今「#空港検疫をPCRに戻して下さい」とがんばっている有識者っぽい人たちは、数カ月前、「オリンピックでの検査は定量抗原検査なのでバブル内で感染爆発が起きる」と主張していました。結局、起こりませんでしたね。
選手村での検査が定量抗原検査であることを支持していた医師は僕くらいでしょう、残念ながら。
6月3日のブログ記事。
オリンピック公式プレイブックによると、選手へのスクリーニング検査は定量抗原検査のようです




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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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