キリストは親切な変わり者!?~「この世に宗教は存在しない」


白鳥春彦著、「この世に「宗教」は存在しない (ベスト新書)」を紹介する。


ちなみに僕は伝統仏教のファンだ。
仏教はそもそも釈尊が瞑想の上たどりついた哲学で、それが中国経由で伝わるとともに宗教としての色合いを強めていったという経緯がある。
だから日本で一般的な大乗仏教は「宗教」と呼んで差し支えないものとは思うが、伝統仏教(昔は小乗仏教と呼ばれた)については宗教と呼ぶべきか議論のあるところで、ここまでは大体コンセンサスを得られていると思う。
ところがこの著者によると、キリスト教やイスラム教といった一神教も成り立ち自体は仏教同様、多分に非宗教的な要素が多く、この世に「宗教」というものは純粋な形では存在しないというのだ。

例えば、キリスト教。

”p57~
キリスト教は31歳くらいのイエスという男がローマ式の重罪人用の十字架刑で死んでから始まったものだ。
ではイエスは何をしたのか。とりわけだいそれたことをしたわけではない。パレスチナで病人を癒して廻り、ユダヤ人社会の底辺にいる人たちと親しくした。また、当時のユダヤ教の律法学者たちの言動にたてついた。
こういう態度に対して、当時のユダヤ教のお偉いさんたちは「不埒で不信心どころか神に対して冒瀆的で、なおかつ犯罪的だ」と怒り狂った。
(中略)
そのあげく、イェルサレムでの「ローマ式十字架」による死刑の執行である。
(中略)
こうしてイエスが死んでから、生前にイエスと親しかった人々が「彼は本当に神の子だったのではないか。ユダヤ教の伝承で長い間言い伝えられてきた救世主(キリスト)、自分たちの国を創建して救ってくれる人ではないか」と思い始め、そこからキリスト教が生まれたわけだ。
だからキリスト教とは、救世主を待ち望む下層のユダヤ教徒の切なる思いから生まれた宗教だと大雑把に言うことができる。しかし、彼らは別に自分たちで新しい宗教をつくったとはゆめにも思ってはいなかった。
自分たちはなおユダヤ教徒であり、そのユダヤ教の中に一筋の希望を見出したくらいの感じだった。だから、彼らは依然とユダヤ教的生活をし、ユダヤ教的に考え、ユダヤ教の食物タブーを守っていた。”

その後、キリスト教に改宗した外国人たちにより、食物タブーが揺らぎ始め、はっきりとユダヤ教と区別がつくようになっていったのだそうだ。
敬虔な信者にとっては、噴飯ものと憤りたくなるような意見かもしれないが、僕には一面の真実をついているように思える。
歴史上には数々の偉人がいて、結果としてその人が哲学者として名を残すのか、それとも「神」や「神の子」と崇められるようになるのかは、ちょっとした歴史、そして運命のいたずらによるのかもしれない。

聖書は若い頃に少し勉強したことがあるが、その時は「一神教」というものに対する抵抗感があって、継続することができなかった。
あまり原理主義的にならず、「イエスという人間の人生哲学」として読めば、もっと興味深く学ぶことができるのかもしれない。
そう考えれば、聖書にはいい言葉がたくさんある。

“だから、明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。“

“人を裁くな。
あなががたも裁かれないようにするためである。“

“高慢には軽蔑が伴い、謙遜には知恵が伴う。”

日本人の感覚とは少しずれているように感じるあたりが、僕としては逆に興味深い。

学びたいことは尽きることがない。
アーリーリタイアして6年がたとうとしているが、まだまだ立ち止まっている余裕はなさそうだ。



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郷土料理、のっぺ。
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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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