肌色論争について考える。肌色という名称は改めるべきだろうか?


肌色論争について興味がある人はどのくらいいるだろうか? 論争の存在すら知らない人も多いかもしれない。
まずは少し古い記事だが、読売新聞オンラインニュースより抜粋。

“米ジョンソン・エンド・ジョンソンのブランド「バンドエイド」は10日、色が異なる5種類のばんそうこうをオンライン上で公表した。黒人死亡事件で人種差別への非難が高まる中、様々な人種の肌の色に合う商品を提供し、人種問題に積極的に対応する姿勢を示す狙いとみられる。”

この決定には「うん、いいじゃない」と無条件に賛成した。
ただ気になったのは、そもそも今までのバンドエイドの色って黄色人種の肌の色に近くなかった? という素朴な疑問。
なんで白人の肌色に合わせなかったんだろう?

これを受けて、読売新聞の「新聞@スクール」に「肌色ってどんな色?」という記事が掲載された。
解説は読売新聞・教育ネットワークアドバイザーの田中孝宏氏(元々は小学校の校長だった方のようだ)。
「今回の教材では、ばんそうこうが5色になった理由を読み取り、最後は肌の色について尋ねましたね」との質問に、こう答えている。

“私も反省を込めて言うのですが、子どもたちには、絵の具や色鉛筆などで使われる「肌色」という言葉のおかしさに気づいてほしい。様々な肌の色をした人がいるのですから。“

これを読んで、なつかしい気持ちが込み上げてきた。
この議論、僕が若い頃もあったのだ。

アメリカでの黒人の公民権運動が高まり、童話「ちびくろサンボ」が世界中で絶版になったのが1988年。
肌色論争が起きたのはそれから少し後。1990年代だったはずだ。
肌色の名称は人種差別につながらないか、という疑問の声が教育現場から出され、文具メーカーに色名変更を求める動きがあった。
当時の僕はその動きには否定的で「言葉狩りは嫌だな」としか感じなかった。
肌色という呼称を世界に広げよう、なら問題だが、国内限定で薄ピンク色を肌色と呼んで一体何が悪いんだ、と。
気になったので外国人の友人にも訊ねてみたが、返事は、
“Who cares?” 
と至ってシンプルなものだった。
その後、大手文具メーカーが協議し、全てのクレヨンからこの呼称が撤廃されることになる。新しい呼称は「ペールオレンジ」。
違和感だけが残った。
しかしそれから四半世紀たった今、
「肌色という呼称は今まで通りでいいか?」
と改めて問われると、むしろこの呼称のほうに違和感を覚えるようになった。
ここ数十年間、日本生まれで日本国籍の非・黄色人種はかなりの勢いで増加している。
色の白い、あるいは黒い、しかしアイデンティティは従来からの日本人とほとんど変わらない子供たちは、薄ピンク色を「肌色」と呼ぶことによって、疎外感を覚えないだろうか?
その子らにとっての「肌色」はまったく別の色彩なのだから。
言葉狩りは嫌いだが、その子たちのことを考えると、この慣れ親しんだ色名ともそろそろ決別する頃合いかなと思えてくる。
ここ数十年で、世界も、日本も、そして僕自身もずいぶん変わった。
それにしても元小学校校長で、今や読売新聞の教育ネットワーク・アドバイザーともあろう人が、肌色論争もご存じないのには驚いた。
(『私も反省を込めて言うのですが』というくらいだから知らなかったのだろう)
僕より10歳近く年上みたいだから、この論争が起きたときはとっくに教職についていたはずなんだけどなあ。




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自家製プリン。今日の記事とはもちろん関係ありません(笑)。
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内山 直

作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。

「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。

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