今回もM先生のお話。最終回。息子たちが加入している海洋クラブの主宰者で、御年88歳だ。
子供たちを指導してもらいがてら、毎週プールでお会いしていたのだが、4年前のある初夏の日、先生の様子が少しおかしいのに気づいた。
プールサイドを歩くときに、体が重そうに見える。聞いてみると確かに力が出ず、特に立ち上がるのがつらくなってきたので、病院で検査をうけているとのこと。
僕も医師ということで相談もうけた。プライバシーに関することだから細かいことは伏せるが、外来通院で検査を続けたのち、最終的にはある病名の診断が下り、M先生は専門病院に入院するようすすめられた。
その時のことをM先生は皆に向かって、愉快そうに話した。
「もうすぐ遠泳教室が始まるでしょう。だから医者に言ったんですよ。夏は海で子供たちに泳ぎを教えなきゃならないから、入院はお盆より後にしてくれって。そうしたら、医者にあきれられてねえ」
病状が進んで、もはや歩くのもつらそうな老人がそう言ったら、それは医者も驚くだろう。
M先生のひょうきんなもの言いに、まわりにいた関係者一同も大笑いだったが、僕は少し複雑な心境で聞いていた。
もちろんすぐに入院したほうがいいに決まっている。
それでもなんとか先延ばしにしようとしているのは、実はM先生は、これが子供たちに泳ぎを教えられる最後の夏になると感じているからではないのか? そう感じたから、絶対に入院すべきだは進言できなかった。
遠泳教室は例年2週間にわたって開かれ、子供たちは毎日海で、泳ぎ方や人命救助法を教わる。
最終日には遠泳教室。浮いても、泳いでも、潜っても、好きに過ごしていい。足の届かない海で、5時間留まれれば合格というルールだ。
毎年、多くの子供たちが5時間を泳ぎ切る。中にはリタイアする子もいるが、技術がないのではなく、寒さに耐えきれなくなるケースがほとんどだ。
合格した子たちは一様に日焼けした顔をほころばせるし、リタイア組の中には悔しさから泣き出す子もいる。保護者までもらい泣きしそうになる、すばらしいイベントだ。
毎年M先生が務めている監視役は大変な仕事に違いない。
炎天下の中、5時間にわたり、小さなボートの上で腰をかがめながら、子供たちの安全を見守る。
様子次第では、子供がまだやれると言っても、強制的にリタイアさせなければならないから、冷静な判断力も必要になる。もちろん万が一の際には、救助に向かわなければならない。
結局、その年、そして翌年も遠泳教室は決行され、M先生は指導を敢行。「これが最後の夏か?」との僕の不安は杞憂に終わったことになる。
しかし当然のことならが、いつかは終わりがくる。
うちの息子たちは皆、遠泳教室を卒業したらから、もう夏の海の家に入り浸ることもないが、夏が来るたびに、今年はどうするんだろうとクラブの動向が気になる。
子供たちの歓声、M先生の激励、ときには怒声が響くビーチが1年でも長く続くことを祈っている。
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