江戸時代の時間は不当時法です。日の出から日没までを六等分して、昼の一刻とし、日没から日の出までを同じく六等分して、夜の一刻としました。つまり、一刻の長さが、昼夜で異なることになります。そればかりか、昼間の長い夏と夜長の冬では、昼の一刻に四〇分ほどの差が生じます。季節にそって、時が伸び縮みしました。日常で使う、もっともちいさな時間の単位は「小半刻」、すなわち四分の一刻で、およそ三〇分に相当します。それ以下の時の区切りは、かれらの生活での出番がなかったのです。電子レンジで五〇秒加熱するとか、一〇〇分の一秒を争うという、わたしたちにとって見慣れた「日常」は、かれらにとって奇異な「非日常」に映るでしょう。
わたしたちにとっての「良い時間」とは、一定間にどれだけ多くの物が詰め込めるか、「時短」と「効率」を問うわけですが、かれらにとっての「良い時間」とは、感動の有無、ああおいしかった、たのしかった、うれしかった、そんな実感の持てたひとときを指し、「仕事がどんどんはかどった時間」は、単なる「忙しかった」に過ぎないとみなすのです。
(中略)
現代の「時」と「金」に求められるのは「早さ」と「量」で、どちらも数字で優劣を並べることができます。それにたいして江戸の「時」と「金」に求められるのは「質」と「使い方」で、そこにはひとりひとりのライフスタイルが反映されることになり、数値には変換できません。
「多忙」を誇示する現代と、「閑雅」を標榜する江戸。たまには小半刻、雲をながめて現代人をサボるのも、オツなもんです。
そもそも人間は、いつから「生涯の大半を労働に捧げる」ことが普通だとされるようになったのでしょうか? これは実はそれほど昔の話ではなく、産業革命以来であると考えられています。古代ギリシャ人にとって、働くことは卑俗なことであり、自由時間を得るために仕方なくやっているだけで、そこに何ら意味を見出したりはしなかったそうです。現に哲学者・アリストテレスは、「賃金が支払われる仕事はすべて、精神を奪い、弱める」という言葉を残しています。
日本でも、縄文時代の労働時間は、なんと一日に三~四時間にすぎなかったと考えられています。また、江戸時代には、定職につかず、食べ物がなくなると町にやってきて、日雇いの仕事を必要な分だけするという、フリーターのはしりのような人が多くいましたし、たとえば大工といった技術職も、懐具合によって仕事をしたりしなかったり、あるいは、夏の暑い間は長めに仕事を休んだりと、かなりいい加減な仕事ぶりだったようです。
その後、明治時代に入ると、政府が富国強兵策を打ち出し、多くの労働力を必要とするようになったため、今のような厳格な労働形態がとられるようになります。今日まで続くこのフルタイム労働は、たった一五〇年程度の歴史しかなく、しかも、そもそもの始まりは「お上の都合」だったというわけです。
現代社会において長時間働くことは、時としてまるで美徳や武勇伝のように扱われます。酒場を覗けば、仕事の多忙さを競ったり、自慢したりするかのような会話の、なんと多いことか! 古代ギリシャや縄文の時代に自らの労働量を誇ったりしたら、きっと狂人扱いをされたことでしょうし、その感覚のほうが私にはまっとうなように思えます。仕事を一生続けることが正しいことであり、アーリーリタイアなど怠け者のすることだという考え方は、近年、主に支配層の都合から生まれた倫理観であり、人類の歴史を考えてみても、決して普遍的なものではないのです。
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内山 直
作家、医師、医学博士。
1968年新潟県新潟市に生まれる。新潟大学医学部卒業、同大学院修了。
2004年に独立し自分のクリニックを立ち上げ、「行列のできる診療所」として評判を呼ぶが、その後アーリーリタイアメントを決意。
2016年2月、クリニックを後輩医師に譲りFIRE生活を開始する。
地方都市でゆるゆると生息中。
「お金、地位、美貌」で得られる幸福はたったの10%で遺伝が50%とされています。
残りの40%に目を向ければ、幸せはすぐにやってくる!をキャッチフレーズに幸福の啓蒙活動を継続中。